ドラマのなかで歌うことについて
ドラマ『木更津キャッツアイ』(2002年)で出会った脚本家の宮藤官九郎とは、その後もたびたびその作品に出演する。とりわけ、大女優の鈴鹿ひろ美を演じたNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)はヒットした。その劇中では、ヒロインの天野アキ(能年玲奈=現・のん)がひろ美の付き人として修業を積むのと並行して、ひろ美とアキの母親・春子(小泉今日子/青年時代:有村架純)の過去の因縁が描かれた。
じつはひろ美は音痴で、かつて80年代に彼女が歌ってヒットした主演映画の主題歌「潮騒のメモリー」は、アイドルになりたくて故郷の岩手・北三陸から上京した春子が覆面歌手としてレコーディングしたものだった。
ドラマの終盤、ひろ美が東日本大震災で被災した北三陸でコンサートを開くことになり、春子は自分がまた代わりに歌わねばならないと慌てる。が、ひろ美はひそかに音痴を克服しており、いざステージに立つと見事な歌声を披露し、被災者たちを感動させたのだった。それはひろ美と春子の積年のわだかまりが解消された瞬間でもあった。薬師丸は、同作を含めドラマのなかで歌うことについて、こんなふうに語っている。
セリフでは伝えきれないメッセージも歌だと受け取ってもらえる
《音痴の鈴鹿ひろ美がどう歌うんだろうかと、視聴者の方は怖くて震えていたかもしれない(笑)。ドラマで歌う機会は度々あって、歌手の渡辺はま子さんを演じた『戦場のメロディ』('09年フジテレビ系)のときに、セリフでは伝え切れないメッセージも歌だといっぱい受け取ってもらえるんだということに気が付いたんですね。
それでヒロインの母を演じた『エール』('20年NHK総合ほか)では戦争で空襲の被害に遭った悔しさや悲しさをセリフではなく歌わせてもらうことで表現できるのではと思いました。ドラマの中だからこそ歌の持つ力ってあるはずなので》(『ザテレビジョン』2023年3月10日号)
60歳の還暦を迎えた節目の年
かつてはレコードを出す映画女優は珍しくなかったが、俳優業と並行して40年以上歌手活動を継続し、なおかつそれが演じる仕事にも結びついているという薬師丸のようなケースは希有だろう。