1978年3月、イタリアを震撼させる事件が起きる。元首相でキリスト教民主党の党首アルド・モーロが、武装テロリスト集団「赤い旅団」に誘拐されたのだ。政治家からローマ教皇までが解決に尽力するが、手掛かりのないまま時間は刻一刻と過ぎていく。

『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』は、この大事件を6話構成で描いた壮大な人間ドラマ。監督は、2003年に『夜よ、こんにちは』で同じ事件を映画化した名匠マルコ・ベロッキオ。「赤い旅団」メンバーを中心に描いた前作に対し、今作では、突然の事態に右往左往する政治家たちや教皇、悲嘆に暮れるモーロの家族など、様々な視点から事件を捉え直す。

©Anna Carmelingo

「前作はモーロが監禁されていたアパートの内側から眺めた映画で、今回はタイトルが示すように『外側』から事件を眺めることになりました。それを可能にしたのが、6話仕立てで計340分というドラマ形式です。映画にはどうしても時間の制約があるので、登場人物の顔を接写したり、人物の内省的な部分をよりわかりやすく見せる必要がある。それが今回は、複数の視点を導入するだけでなく、少し引いた場所から全体を撮るなど、よりアクションを中心に映すことができたように思います」

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 興味深いのはその物語構造。前半は、政治家をはじめ男性たちの視点が中心となるが、後半はモーロの妻や娘など、表舞台には出てこなかった女性たちの視点から事件が見つめられていく。

「あえてそうした分け方をしたわけではありませんが、面白い指摘ですね。この物語は、まず誘拐事件が起き、モーロの周辺にいた人々がどのような思惑でどういう動きをしていたかが描かれる。そうして事件の背景を眺めるにつれ、徐々に、彼を解放したい、助けたいと願う人々の心理劇になっていくわけです。

 モーロの妻エレオノーラ役を演じたマルゲリータ・ブイの演技が想像以上に素晴らしかったことも、女性の視点が大きくなっていった理由のひとつといえます。それと、強硬なテロリストとして登場するアドリアーナ役も重要です。彼女は革命を心から信じて行動する人ですが、時間が経つにつれ、人道的な観点からモーロを解放したいと考えるようになっていく。前半と後半とで視点のあり方が変わるのは、物語が求めた自然な流れだと言えるでしょう」

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 映画は、史実と想像とを織り交ぜながらスリリングに進んでいく。劇中、モーロ誘拐事件を題材にした映画を撮影する学生たちのエピソードが印象的に登場するが、これは実際にあった出来事なのか。

「あのエピソードは完全に私の空想の産物です。ただ、誘拐事件が55日間続いていた当時、イタリア全体がヒステリックな状態に陥っていたのは事実です。警察や省庁には連日『モーロらしき人を見た』『犯人を知っている』という通報が山のように届いていた。あの期間の国民の精神状態ではどんなことが起きてもおかしくはなかった。映画で描かれたような出来事だってありえたかもしれません」

 別の視点から眺めることで、事件の捉え方はもちろん、社会の見え方、歴史観も大きく変わる。『夜よ、こんにちは』と併せて見ると、さらに無数の視点が浮かび上がる。

「ヨーロッパの記者からは、『夜の外側』の構造は黒澤明監督の『羅生門』を彷彿とさせると言われました。複数の視点から同じ事件を描いた作品の金字塔ですから。制作時にそれを意識していたわけではありませんが、私が『夜よ、こんにちは』を撮ってからもう20年という時間が経っています。その間に社会は激変し、私の信念や思想も大きく変わってきた。20年という時間を経て変化した自分の想像力を、この新たな作品にぶつけたと言えるでしょうね」

Marco Bellocchio/1939年、イタリア生まれ。監督作に『ポケットの中の握り拳』(65)『肉体の悪魔』(86)など多数。『シチリアーノ 裏切りの美学』(19)がダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で6部門受賞。2021年にカンヌ国際映画祭で名誉パルム・ドール賞受賞。

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映画『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』(8月9日公開)
https://www.zaziefilms.com/yorusoto