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層が厚い研究会ネットワークが強力な武器に

 そこで永瀬がにこやかに鈴木に頭をさげて言った。

「鈴木先生、明日、13時からですけど(研究会)いかがでしょうか。ほかは吉池君と……」

「はい、空いています。じゃあ、教わっていいですか。明後日対局なのでちょうどいい」

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 いやいや、知ってはいたけどすごいねえ。

 新四段や若手棋士に永瀬に教わっているかを聞くと、「はい、永瀬先生とは月に固定でX回です」という答えだ(Xは2以上)。関東の棋士はみな永瀬の影響を受けていると言っていい。棋士だけでなく奨励会員もだ。山川泰熙四段は三段時の2023年元旦に初めて研究会に呼ばれて以来、月に数回は指している。

 吉池隆真新四段も、月数回の研究会で指している。「感謝しています」と吉池。永瀬によれば、藤井との竜王戦挑戦者決定戦第1局で記録係だった吉池が感想戦も熱心に聞いており、気にかけていたらしい。そう昨年、永瀬が雁木を指したとき、「雁木が得意な三段を集めて研究会をしている」という話があったが、その中の1人が吉池だった。

敵の戦型変化も想定の内

 さて、祝う会からさかのぼって9月4日、私は8時40分過ぎに神奈川県秦野市「元湯陣屋」、第72期王座戦五番勝負第1局の控室に到着した。モニターを見てあっと叫んだ。永瀬が、対局室にすでにいる。36分には着座していたとのこと。

神奈川県秦野市の「元湯陣屋」。将棋のタイトル戦の開催地としてファンにはおなじみ

 藤井はいつも通り泰然と現われ上座に着く。振り駒の結果、先手となった永瀬が藤井よりも深々と長い時間頭をさげ、対局開始となる。

 永瀬が角換わりに誘導、藤井はいつも通り腰掛け銀で追随するかと思いきや変化した。叡王戦第2局で用いた3三金型である。対永瀬戦の後手番15局目にして、初めての変化だ。そして早繰り銀にして先に仕掛けた。3三金型という悪形の代償として、手得で主導権を握ろうという戦法だ。

対局開始の24分前には入室していた挑戦者・永瀬拓矢九段

「これまでは先手後手で基本的にそれほど指し方を変えずにやってきたが、最近だと、後手番だとなかなかそういう方法が取りづらくなってきている」

 戦前に藤井が語っていたとおりだ。永瀬は想定内とばかりに淀みなく指し進める。銀矢倉にして受け止め、歩をタダで取らせる間に陣形を整備する。そして敵陣に歩を垂らして飛車で取らせ、角を打つと自陣まで成り返った。