前人未到の八冠制覇へひた走る藤井竜王・名人――。この若き巨星に挑むのはいかなる棋士たちなのか? キャリアや戦績、肉声と個人史から紐解かれる棋風や得意戦法、人柄からAIへの距離感まで。観戦記者の第一人者によるスポーツ誌『Number』の好評連載コラムに、大幅書き下ろしを加えてアップデートした最新棋士名鑑が『藤井聡太ライバル列伝』(文春新書)だ。

 八冠に向けた「最後の壁」になっているのが、努力の人として知られる永瀬拓矢王座(31)だ。藤井の研究パートナーでもある永瀬について、『藤井聡太ライバル列伝』から一部抜粋する。

永瀬拓矢王座 ©杉山拓也/文藝春秋

永瀬拓矢
1992年9月5日、神奈川県生まれ。2004年、安恵照剛八段門下として奨励会入り。
09年、四段昇段。18年、第4期叡王戦で初タイトルを獲得。19年、第67期王座戦で王座を獲得し、以後4連覇を果たす。22年、敬愛し練習パートナーでもある藤井聡太に棋聖戦で挑戦し、1勝3敗で惜敗。豊富な練習量を誇り、対局以外のほとんどの日は他の棋士との研究会に充てている。将棋に対する厳しい姿勢から、「軍曹」の異名を持つ。粘り強い棋風の居飛車党で、最近は終盤の切れ味も増している。マンガとアニメ鑑賞が唯一の息抜き。

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「最初の10局は自分が圧倒していましたが…」

 藤井聡太に永瀬拓矢が挑む棋聖戦五番勝負が2022年6月3日に開幕した。20年5月現在、将棋界には3人のタイトルホルダーがおり、そのうちの藤井と永瀬がタイトル戦で顔を合わせるのは今回が初となる。将棋ファンが待ち望んだ番勝負が、ついに実現することになった。

 両者は17年から練習将棋を指す間柄だ。コロナ禍の現在はオンラインに切り替わったが、それまでは永瀬が藤井の地元の愛知県を訪れていた。

「藤井さんとの対局は本当にかけがえのないものです。総対局数は内緒ですが、100局は余裕で指しています。最初の10局は自分が圧倒していましたが、次第に追い抜かれました」と永瀬は述懐する。

 先にタイトルを獲得したのは永瀬だった。19年に叡王と王座を獲得して二冠に輝いた。藤井も黙ってはいない。20年の夏に棋聖、王位と立て続けに戴冠し、日本中を沸かせた。
 藤井とのタイトル戦は永瀬にとって悲願だが、挑戦者決定戦で渡辺明に勝ったことも嬉しかったという。渡辺との対戦成績は6勝19敗で、天敵といえるほど分が悪かったからだ。

「非公式の棋士レーティングは変わらないので、トリプルスコアはさすがにおかしいと思っていました」と永瀬は苦笑する。

 永瀬は22年2月から3月にかけて棋王戦五番勝負で渡辺に挑戦するも、1勝3敗で敗退。棋聖戦挑戦者決定戦も厳しい戦いになるかと思われたが、棋王戦中に変化があったという。

「第1、2局と連敗しましたが、明らかに棋力が足りませんでした。ただ第3局までに自分の中で溜まっていたものがうまく外に出せた感覚があって、棋力が上がった手ごたえがあったんです」。

 第3局には勝ったものの、第4局には負けて奪取はならなかったが、得たものは大きかった。その甲斐もあり、棋聖戦挑戦者決定戦では堂々たる指し回しで渡辺を撃破。22年度に入ってからは負けなしで、竜王ランキング戦1組でも優勝した。非公式のレーティングも2位になり、今度の棋聖戦は1位の藤井に2位の永瀬が挑むという構図になっている。