前人未到の八冠制覇へひた走る藤井竜王・名人――。この若き巨星に挑むのはいかなる棋士たちなのか? キャリアや戦績、肉声と個人史から紐解かれる棋風や得意戦法、人柄からAIへの距離感まで。観戦記者の第一人者によるスポーツ誌『Number』の好評連載コラムに、大幅書き下ろしを加えてアップデートした最新棋士名鑑が『藤井聡太ライバル列伝』(文春新書)だ。

 10月6日(金)から始まる棋界最高峰の戦い「竜王戦七番勝負」にて挑戦者として名乗りを上げたのは、藤井と同学年の伊藤匠七段だ。早くから藤井のライバル候補と目されてきた伊藤について、『藤井聡太ライバル列伝』から一部抜粋する。

伊藤匠七段 ©野澤亘伸

伊藤匠(いとう・たくみ)
2002年10月10日、東京都生まれ。13年、宮田利男八段門下として奨励会入り。20年、四段昇段。21年、新人王戦を制して棋戦初優勝。同年、王位リーグ入りを決め、リーグ紅組では3勝2敗と勝ち越した。22年、順位戦C級1組に昇級し、同時に五段昇段。21年度はブレイクし、勝率0・818(45勝10敗)で勝率1位に輝き、藤井聡太がデビュー以来続けていた年度勝率1位の記録を連続4年で止める。23年、竜王ランキング戦5組で優勝。決勝トーナメントで7連勝して挑戦権を獲得した。居飛車党で、得意戦法は相掛かり。 

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早熟は将棋の神に愛されるための大事な要素

 本書をどうお読みいただいても構わないのだが、「藤井聡太に初めてタイトル戦で土をつけるのは誰なのだろうか」と、「ヒーロー候補捜し」のような感覚の方もいるかもしれない。とはいえ、タイトル戦で17戦無敗の藤井に勝つのは容易ではない。一番勝負ならともかく、五番勝負で3勝、七番勝負で4勝することを考えると気が遠くなるだろう。

 まだ見ぬ奨励会員のことはいったん置いておいて、藤井聡太と同学年の伊藤匠を思い浮かべる方もいるのではないか。小学生時代の大会では藤井に勝って、号泣させたこともある。公式戦では2連敗中だし、伊藤のプロ入りは2020年で、16年デビューの藤井よりも4年遅い(一般的には17歳も十分早いのだが)。早熟は将棋の神に愛されるための大事な要素で、だから「中学生棋士」は特別な地位であり、全員が名人を経験している。

 ではなぜ伊藤なのか。それはプロ入り後、すさまじい成長力を見せているからだ。