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「いちばん勉強しているのは藤井さんです。かけている時間もすごいですし。練習将棋の感想戦で、『こういう変化はどうですか?』と自分が尋ねると、次回には必ずその変化が行き届いているんです。でもこれって、他の若手棋士はなかなかやらないんですよ。次回に訊いても、『あ、調べていません』ということが多い。でも藤井さんは100%研究している。持っているエンジンがすごい人があれだけ勉強したらねえ。自分はその姿をしっかりと見て、生かさないといけない。藤井さんに敵わないと思うようじゃ覚悟が足りません。だって将棋は戦いで、盤上の殺し合いですよ。こっちだって相手を殺す権利を持っていなきゃいけないんですから」。

 過剰に聞こえるかもしれないが、これが永瀬拓矢なのだ。彼の体内から吹き出る将棋への熱い思いに感化された若手棋士も多い。本書に登場する増田康宏、斎藤明日斗、本田奎らは永瀬と月に何度も盤を挟んでおり、永瀬を深くリスペクトしている。

『藤井聡太ライバル列伝』(文春新書)

「藤井さんがまだ見ていない景色を見せてあげたい」

 取材時には「体が壊れない程度に無理を重ねて」と言っていたが、22年の王座戦で4連覇を果たした後に話を聞いた際には、「強くなることに終わりはないし、自分を追い込むことにも終わりはない。勉強しすぎで倒れるのが自然じゃないといけないくらい、いまの競争は厳しい」とさらに自分を追い詰めるような発言に変わっていた。このシリーズの第1局で豊島将之に完敗し、「自分はいまのままでは論外だ」と衝撃を受けたのだという。4連覇を果たしたばかりなのに、「自分の時計は開幕戦の日付でまだ止まっています」と語ったほどだった。

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 23年8月半ばには竜王戦挑戦者決定戦三番勝負で、月に何度も盤を挟んでいる伊藤匠に連敗。藤井への挑戦権を獲得できなかった。終局後のインタビューでは普段よりも言葉数が少なく、自分への怒りを抑えているように映った。

 永瀬の持つ王座は、藤井にとって八冠全制覇のための最後のタイトルになる。八冠が懸かったシリーズがこの2人の対決になるとは、なんとも粋なストーリーだ。

 永瀬は常々こう語っていた。

「自分がもっと強くなって、藤井さんがまだ見ていない景色を見せてあげたい」。

 八冠の景色だけは見せるわけにはいかない。

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