1ページ目から読む
3/3ページ目

「これがオレの最後のユニフォームだよ」という監督の言葉に“野球翔年”は…

 世界一が懸かった決勝戦、1点差の土壇場で指揮官は「あるまじき感慨」(栗山)に浸ってしまっていた。しかしマウンドの大谷が緊張感を取り戻させてくれる。先頭のジェフ・マクニールをフォアボールで歩かせてしまったのである。

「正直、オレの中では大事なときにしでかす感じがピッチャーの翔平に対してはまだあった。力が入りすぎて、自分のパフォーマンスにならないときがある。いいボールを投げているなと思ったらフォアボールでしょ。1点差だから、追いつかれたら翔平を下ろすしかなくなるから……」

 するとムーキー・ベッツがセカンドゴロを打った。4─6─3のダブルプレー。マウンドで吠える大谷、バッターボックスへ向かうマイク・トラウト。なんと9回ツーアウトから、チームメイトの世界最強打者との対決が実現したのだ。このとき、栗山は意外なことを感じていた。

ADVERTISEMENT

「そうか、ここが大谷翔平のスタートだったんだ。ここからやっと翔平が本当にやりたかった野球が始まるんだって……翔平にはいろんなプレッシャーがあったと思う。この日もそうでしょ。アメリカをやっつけようと言って、みんなにメジャーリーガーに憧れるなと檄を飛ばして、本来、そこに立つべきクローザーの場所を奪って、最後を締めくくる。それが叶えば、いろんなものから解き放たれて、これからは翔平が物語を紡いでいくことができる。だから、きっと嬉しいとか悲しいとか、そういう感情とは違う涙だったんじゃないのかな。オレはアイツが泣いているところを見たわけじゃないんだけどね(笑)」

 WBCで実現した、大谷対トラウト。

 2球目、160kmのストレートで空振り。

 4球目、160kmのストレートで空振り。

「鬼気迫ってたよね。普段から力は入れるけど、あんなに丁寧さと力強さを両立させた翔平は初めて見た。技術じゃない。心とか魂とか、そういう想いがっていた。この1球で野球人生が決まる、そんな勝負がしたかったんだろうね。間違いなく世界一の選手だよ。間違ってなかったなぁ」

 ボール球も3つ投げて、フルカウントからの6球目――空振り三振、吠えた、両手を広げた、グラブを、帽子を投げた。誰彼となく抱き合う。世界一を勝ち取った栗山とも、がっしり抱き合った。

©文藝春秋

「翔平、あのとき、たぶんオレだってわかってなかったと思うよ」

 そう言って笑った指揮官の部屋を、別れ際に突然、大谷が訪ねてきた。

「監督、写真撮りましょう」

 そう言ってガッと栗山の肩を抱き寄せて写真に納まった大谷が「お疲れしたっ」と部屋を出て行くその背中に、栗山は「翔平、ありがとな」と言葉を投げ掛けた。

「これがオレの最後のユニフォームだよ」

 すると天邪鬼な“野球翔年”は言った。

「何、言っちゃってんすか。3年後、やればいいじゃないですか」

◆ ◆ ◆

 ベースボールジャーナリストの石田雄太氏が、2018年から7年間にわたって、大谷翔平と一対一で向き合ったロングインタビュー『野球翔年II MLB編2018-2024 大谷翔平 ロングインタビュー』(文藝春秋)が好評発売中! ぜひ書籍で全文をお楽しみください。