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「でもアイツは天邪鬼だから…」WBC決勝戦で大谷翔平が登板できた背景には栗山監督の“すごいコミュニケーション術”があった

『上手に距離を取る技術』より #1

2024/02/09
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 新卒採用において企業が重要視しているといわれて久しい「コミュニケーション能力」。他の人と円滑な意思疎通を行い業務を進めていける力は、いったいどのようにして磨かれるのか。そもそも他社との積極的な交流は重要なのか。

 ここでは、教育学者の齋藤孝氏による『上手に距離を取る技術』(角川新書)の一部を抜粋。栗山英樹監督と大谷翔平選手の間に結ばれた絆はどのようなものなのか、そして、私達が日常において心地よいコミュニケーションをとるうえで大切なポイントについて紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)

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大谷翔平選手と栗山英樹監督の距離感のように

 2023年の春、2023 WORLD BASEBALL CLASSIC ™で、侍ジャパンすなわち日本チームは、決勝でアメリカを3対2で下し、優勝を勝ち取りました。この決勝戦でひと際目立った活躍をした投手・大谷翔平選手と、チームを率いた栗山英樹監督との間には、わかりやすいやりとりはありませんでした。

 九回のマウンドに大谷選手が上がる意思があるか、所属している球団ロサンゼルス・エンゼルスと登板の話ができているかどうか、栗山監督は通訳を介して、状況を確認しています。

 大谷選手自身からは、決勝で投げるという言葉はありません。

 二人の間には、親しい中にも距離がありますが、しかしこのシナリオは1分たらずで決まりました。

©文藝春秋

 後に、栗山監督はこう語っています。「オレは翔平を決勝で行かせようとずっと思っていた。でもアイツは天邪鬼だから、オレが先に『投げろ』と言ったら絶対に投げないんだよね。だから翔平のほうから投げたいと言い出すのを待っていたわけ」

 本人が勝ちたくなってスイッチが入ったら自分から行く性格だと、栗山監督は大谷選手の性質を見抜いていました。

「『身体の状態次第』ってことは投げるってことでしょ」

 二人のやりとりは簡単ですが、気持ちが高まってきたところでポンと背中を押すという、あっさりとした関係性が窺えます。監督からの要求もずけずけしたものでなく、優勝が決まったあとに写真を一緒に撮った時にも、こう話しかけているだけです。

「翔平、ありがとな」「これがオレの最後のユニフォームだよ」

 ちょっと感傷的になるシーンのはずですが、その時も大谷選手は「何、言っちゃってんすか。3年後、やればいいじゃないですか」と軽く応じます。

 言葉数は少なく、押しつけのない会話ですが、二人が強い信頼関係で結ばれていることが伝わるエピソードです。

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