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鈴木はとっさにマスクを剥ぎ取った

 奥田が再び立ち上がり、鈴木への反対尋問の口火を切った。

「一緒にお風呂に入ったなんて記憶は一切ないです。ズボンの中に手を入れて触ったみたいなことは信じられないです。私はそんなことをした記憶はないですよ、絶対に!」

 裁判長が「質問をしてください」と注意する。

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 奥田は激しい語気のまま言った。

「あなたは本当にそうだったと“確信”しているわけですね?」

 鈴木はとっさに自身の顔のマスクを剥ぎ取り、奥田を射抜くような目つきで答えた。

「はい」

 怒りが緊張に勝って無意識に取った行動だった。

 奥田はその迫力に押されたのか、しどろもどろになった。

「正直言って驚きました……最後に会った時、笑顔いっぱいで奥田先生と呼んでくれたあなたに、私がそんなことをしたということ自体が信じられないし、一切していないので、何とも言いようがないです」

 裁判長から「質問をしてください」と繰り返し注意され、奥田は力を振り絞るように言った。

「本当に事実ですか? 私は一切していない、絶対に、絶対に!」

 裁判長から「ご記憶のままお答えください」と促され、鈴木が答えた。

「はい。僕は奥田先生のことはすごく好きだったんですが、やられたことは事実です」

 奥田は再び石丸に責任転嫁するような人格攻撃を始めたが、鈴木が冷静に制止した。

「今日は石丸くんが過去にされていたことと、僕が過去にされたことを話しにきただけですので」

 反対尋問は終わった。

 閉廷後、柳と鈴木は法廷の外に出ると、感想を述べあった。

「めっちゃ緊張した。昔は大人対小学生で絶対的存在だったけど……」「もっと理路整然と質問するのかなと思ったのに、話にならなかったね」

 表情を緩める2人に、石丸の母・厚子が頭を下げる。

「本当に立派に証言してくれて。最初は緊張していたのが、途中でスイッチが入って、こんなこと言われてたまるかという感じでしたね」

 柳が厚子をいたわるように応じる。

「話が違うと腹が立ったのと、あとは石丸くんへの人格攻撃でしたからね。そんなこと聞かされても別に何とも思わないし」

 鈴木も厚子に柔らかな表情を向けた。

「僕は幼かったから、先生にやられたことの意味がわからなくて、可愛がられているというスキンシップ感覚だったんです。石丸くんは僕から見ても大人でしたから」

 厚子は繰り返し頭を下げた。

「本当にありがとうございました。素介もいずれ会ってお礼を言いたいと話しています」

 2人は揃って首を振り「お礼だなんていいんです、応援しています」と笑顔になった。

 

 鈴木は他に、別の級友男子だったDにも協力を要請していた。

 Dが石丸同様に奥田から“可愛がられている”印象があったため、被害に遭った可能性があると考えたのだった。実は石丸も中学時代、奥田がDを抱きかかえている様子を目撃したことがある。

 Dは法廷での証言こそ叶わなかったものの、弁護士・今西の聴取に応じた。その内容が、事情聴取報告書として裁判所に提出された。

©文藝春秋

 その報告書では、Dが小学4~6年生時に月1回程度、1人で奥田宅へ招かれ宿泊することもあり、入浴時に互いの陰部を触ったり洗ったりさせられたこと、同じベッドで寝て陰部を触られたことなどが詳述されていた。

 以上の法廷内外の柳と鈴木の尽力により、奥田が担任を受け持った小学5、6年のクラスで、石丸の他に少なくとも男子3人が性被害に遭ったと話していることがわかったのだ。

 対する奥田は今年2月、答弁書を裁判所に提出。柳の証言を「オーバーに嘘を絡めて述べる」、鈴木に至っては「偽証」だと反論した。これで裁判は結審した。

 そして3月、石丸が逆転勝訴する判決が下ったのだった。