この判決が画期的であるポイント
4月。石丸は久々にグレーのスーツを引っ張り出し、母・厚子とともに今西の事務所を訪れた。判決の報告を受けるためだ。出迎えた今西も2人と同様、晴れやかな顔だった。
今西は判決文のコピーを2人に手渡すと、報告に入った。
「裁判所がよくここまで判断したなという点がいくつかあります」
1つは、損害額(後遺症慰謝料)の大きさだ。
2002万円、利息を含めての総額は約4000万円になる。
もう1つは、除斥期間(法的権利が消滅する期間)の起算点だ。今西が言う。
「除斥期間は通常、不法行為の発生時を起算点として20年とされます。それだと本件は既に越えているので損害賠償請求が認められないわけですが、この判決では、起算点が精神科を初めて受診してうつ病と診断された日となっているのです。性被害事案でそのように除斥期間を起算するという法的判断をしたのは、非常に大きな意味があると思います」
この点について、判決文には、以下のように記されている。
『本件わいせつ行為によって精神疾患を発症して後遺障害を負ったことによる損害賠償請求権については、その損害の性質上、加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生するものと認められるから、除斥期間の起算点は、加害行為である本件わいせつ行為の時ではなく、損害の発生の時と解するべきであり、その時期は、その後遺障害の原因である精神疾患による精神的・身体的な症状が医師の診療を受ける程度に悪化した時期と認めるのが相当である』
判決が確定すれば、性被害により後遺症が発生した場合、除斥期間の起算点は「後遺障害の原因である精神疾患による精神的・身体的な症状が医師の診療を受ける程度に悪化した時期」とするという画期的な裁判例が残ることになる。
厚子が「弁護士さんは相談を受けて受任するかどうかを決める時、まず判例を探すんですよね?」と聞く。
今西が頷く。「判例がないと無理ですと断る人も多いです。でも今後は今回の判決に勇気をもらって、過去の性被害の救済に活用しようという弁護士が出てくるかもしれません」
静かに聞いていた石丸が身を乗り出した。自身のような性被害に遭った人がためらわず相談できる社会にしたい、というのが実名告発の動機だったからだ。(文中敬称略)
※本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。(「《賠償金約4000万円》法廷でも被害者の人格を攻撃 わいせつ男性教諭に画期的判決が下った“3つの理由”
」)
■連載 秋山千佳「ルポ男児の性被害」
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第1回・後編 《わいせつ被害者が実名・顔出し告発》小学校教師は否認も、クラスメートが重要証言「明らかな嘘です」
第2回・前編 中学担任教師からの性暴力 被害者実名・顔出し告発《職員室で涙の訴えも全員無視》
第2回・後編 《実名告発第2弾》中学担任教師から性暴力、34年後の勝訴とその後「ジャニー氏報道に自分を重ねる」
第3回・前編 《実名告発》ジャニー喜多川氏から受けた継続的な性暴力「同世代のJr.は“通過儀礼”と…」
第3回・後編 《抑うつ、性依存、自殺願望も》ジャニー喜多川氏による性暴力 トラウマの現実を元Jr.が実名告発
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