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経営を揺さぶる「物言う株主」

 楠木 私は会社の「競争戦略」が専門で、会社はどうすれば優位に立って持続的に成長できるか、その論理を考えてきました。株主の経営に対する長期視点のエンゲージメントは、会社が健全に経営されるために重要です。問題は「建設的な対話」が、実際は株主による一方向的で短期的な「要求」になっているのが多いことにあります。

 石井さんは、現在の「会社と資本市場(株主、投資家)との関係の在り方」に対して疑問を投げかけ、その健全な関係づくりをやろうとされている。長期的な経営構想を鎹(かすがい)にすることで、会社と株主の対話を仲立ちする、これまでになかった事業モデルに挑戦なさっています。それで今日は石井さんと、じっくり話をしてみたいと思いました。

 石井さんは大学を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに入社。1986年に同僚だった冨山和彦さん(現・IGPIグループ会長)たちと経営戦略コンサルティング会社のコーポレイト ディレクション設立に参画、代表パートナーも務めていらっしゃいました。つまり長年、会社側の視点で、日本経済の動向を眺めてきたわけですよね。

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石井光太郎氏 Ⓒ文藝春秋

 石井 はい。バブルの直前に社会人になり、間もなく日本は「失われた10年」を迎えました。いまでは「失われた30年」とまで言われていますが、コンサルタント人生の大半は、多くの会社経営者が苦しみ続けてきた時期にあたっています。

 特に難しさを感じるようになったのは、2000年代以降。会社は株主の利益を第一に経営されるべきだという「株主主権論」がグローバルスタンダードだと強調されるようになってからです。戦後の高度成長期は、銀行がメインバンクとして経営を支え、会社相互間の株の持ち合いも普通でした。つまり、株主の利益をあまり顧みなくてもよかった。そのため、多くの経営者が株主主権論に戸惑ってしまいました。

 楠木 最近は「物言う株主」が経営を揺さぶることが珍しくなくなりましたが、株主が株主主権論の立場をとるのは、ある意味で当たり前の成り行きです。

 石井 もちろん、株主の意見を聞くことは、上場会社にとって非常に重要です。そのこと自体を否定するつもりは毛頭ありません。

 楠木 実際、株主からの意見は、会社の経営者たちに規律のある経営を促し得るものですからね。

 石井 たるんでいる経営者に対し、株主が「しっかりせえや」と牽制することはあっていい。ただ、そのような「物言う株主」の存在は経営にとって必要条件ではあるけれど、十分条件ではありません。株主が要求して、経営者の背筋をピシッと伸ばしたら業績が良くなるかといったら、必ずしもそうではない。

 たとえば、学校で校則・ルールで生徒を締め付け過ぎると、子どもの自由な創造性が表に出てきにくくなりますよね。会社経営もそれと同じで、規律で縛られると、かえって縮こまってしまうことが日本の会社では往々にして起こってきました。

 楠木 会社の事業を成長させることではなく、規律を守ることだけが目的になってしまう。

 石井 「うるさい株主の言うことを聞いておけばいい」という思考パターンになってしまうのです。「サステナビリティが大事だ」「今後はESGだ」と言われたら、ひたすら念仏のように唱える。現在の会社の事業報告書には、判で押したように同じ文言が羅列してあります。

 ガバナンスについても多くの経営者は、非常に重要なテーマであるのにもかかわらず、形式的な問題として捉えがちです。つまり、「社外取締役を何人か置いておけばいい」「委員会を設置して議論の場を作っておけばいい」と、形だけ繕うことで済まそうとしてしまうのです。

※本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「経営者は守るな、もっと企てろ」)。全文では、石井氏と楠木氏が、下記のテーマについて詳しく語っています。

 

・ROEの分子が大切
・会社と株主の理想の関係
・かつて日本にはバンカーがいた
・対話が成功したオリンパス
・世界初の対話代行ビジネスとは
・会社には企てが必要だ

 

この対談は、「文藝春秋 電子版」にて、動画でもご覧いただけます。

・「経営者と株主はなぜ噛み合わないのか」(前編)

・「日本の会社には『企て』が足りない」(後編)