映画監督の信友直子さんは、認知症になった母・文子さんと、母を献身的に介護する高齢の父・良則さんの暮らしをカメラに収めた。そうして制作したドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は異例の大ヒットを記録。夫婦は突如として有名人になった。

 ここでは、11月に104歳になる良則さんの日々の様子を、直子さんが娘の視点から綴った『あの世でも仲良う暮らそうや 104歳になる父がくれた人生のヒント』から一部を抜粋して紹介。文子さんに何を言われても、いつも温厚に対応する良則さんが「死にたいなら死ね!」と叫んだ意外な理由とは……。(全3回の2回目/続きを読む

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温厚な父が叫ぶ衝撃映像

 映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の中で最大の衝撃映像は何でしょう?

 これはもう満場一致で、「死にたい!」と叫ぶ母に父が「死にたいなら死ね!」と叫び返すところでしょう。「あの温厚なお父さんが……」とショックを受けた方も多いかもしれません。

©映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』

 映画を観ていない方のために、どんな場面か説明すると……。

 いつものように朝起きられず、布団に潜ったままの母。父はすでに早起きして洗濯をすませ、朝食の用意をしています。自分がまるで当てにされていないことに傷ついたのか、母が突然叫び出します。

「そがいに私が邪魔なんね! そんならもう私は死んでやる! 包丁持ってきてくれ!」

 しばらくは穏やかに諭していた父ですが、あまりに「死ぬ」を連発する母に、突然、

「ばかたれ! 何をぬかすんな! 死ね! そがいに死にたいなら死ね!」

 私はあまりの衝撃に固まってしまいました。父は元来おとなしい人で、声を荒らげたところなんて見たこともありません。生まれて初めて見た父の修羅の形相に、リアルに恐怖を感じたのです。お父さん、こんな『仁義なき戦い』みたいな物言いをする人だったの?

 しかし一方で、ビデオカメラを回していた監督としての私。これはもう恥をしのんで言いますが、ワクワクが止まらなくなっちゃいました。「うわぁ、すごいことが起きてる!」夢中で撮影を続けていました。つくづく業の深い娘ですよね……。

 後に冷静になると、娘の私と監督の私が心の中でせめぎ合いを始めました。この修羅場、はたして映画に入れてもいいものだろうか? 父のイメージダウンになりはしないか? たった一度爆発しただけなのに、父が「キレやすい怖い人」だと誤解されたらかわいそう……。