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 初めてこの腕に抱いた娘の絵梨加は、思いがけないほど軽く、その軽さが僕の胸を締めつけた。

「絵梨加……」

 呼びかけても、目を開くことも泣くこともない。僕の腕の中の絵梨加の顔が、涙で滲んでいった。

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「ありがとうございました……」

 看護師さんに戻そうとしたそのとき、カミさんが僕から奪い取るように、絵梨加を抱きしめた。

 これまで、耳にしたことがないほどの激しい嗚咽だった。カミさんの泣き声は、いつまでも薄暗い病院の廊下に響き渡っていた。

「次に妊娠したら、母体が危ないです」

 絵梨加の死に追い打ちをかけるように、それから間もなくして、僕たちは医師からこんな残酷な真実を告げられた。医師の説明では、カミさんが次に子供を身ごもっても、出産には自らの命の危険がかなり伴うというものだった。

 彼女からしてみれば、二度と子供を産めないと宣告を受けたのに等しい。

 ペコは絶句し、病院の床に膝から崩れ落ちた。後にも先にもこのときほど落ち込んだカミさんの姿を見たことはなかった。

 そんなカミさんの横で、僕自身も目の前が真っ暗闇となったことを、今でも覚えている。僕は、もう子供を授かることはできないのか。こんなにも子供が好きなのに……。

「彼女と一緒に人生を生きていこう」

 10年以上「体操のお兄さん」を続けてきたのも、子供が大好きだったからこそ。それなのに、僕とカミさんの間には、この先一生、子供が誕生しないなんて……。

 僕にタネがないわけではないし、カミさんが妊娠できないわけでもない。それなのに、次に妊娠しても、彼女の身体では子供を産むことができない。

 僕の心は揺れた。

 当時、僕はまだ30代の半ば。カミさんと別れて他の女性と結婚すれば、自分の子供を持つことができる可能性はある。

 だが、僕は、どうしても忘れることができなかったのだ。病院の廊下で、来る日も来る日も絵梨加を見つめて、必死に祈り続けていたカミさんの姿を……。

 その必死に祈り続ける彼女の姿を見たとき、僕は心に誓っていたのだ。この先どんなことがあっても、彼女と一緒に人生を生きていこう。彼女を苦しめるものがあるなら、僕も一緒に闘おう、と。