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身を切った当事者性から生まれる説得力

石井 それは優れたノンフィクションにおいても、同様のことが言えると思います。作者が自分の身を切って当事者性を開示している作品は、深く心に刺さります。

 例えば、柳田邦男さんの『犠牲 わが息子・脳死の11日』は柳田さんの次男・洋二郎さん(当時25歳)が首つり自殺を図り、11日間にわたって脳死の状態がつづいた末に亡くなったことを描いた作品です。

 父としてすでに当事者なのですが、柳田さんは自殺の要因となった息子さんの苦悩を描き出すにあたり、自分の失態や家庭の事情も赤裸々に明かしています。妻が心を病んで寝たきりになっていたこと、それゆえ家庭が機能不全に近い状態になっていたこと、自分が洋二郎さんの気持ちを理解できておらず、時には横暴な言葉を投げつけていたことまで開示しているので、同じ弱さを抱えたその筆致に、異様な説得力が宿ります。

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 高みの見物から書くのではなく、同じ地平で苦悩しているからこそ、テーマを深く掘り下げていけるのです。

石井光太氏

 辺見庸さんの『もの食う人びと』もその優れた例でしょう。飽食の日本で、「わがまま放題で」「万事に無感動気味の」自分の舌と胃袋が気に食わなくなった辺見さんは、世界各地にわけいって、残飯から、猫用缶詰、囚人食、放射能汚染スープまで現地の人々とともに食べて、さまざまな話を聞きつつ、日本人とは何なのか、戦争の記憶とはなにか、徹底的に考えていく。何でも食うという当事者性を通して、人間にとっての食という根源的なテーマを突き詰めたこの作品は読み手の五感に深く食い込んできます。

――本書は、取材・執筆の実践的なスキルとともに、さまざまな一流のノンフィクション作品についても触れていますね。

石井 私は先人たちのすぐれた仕事から多くのことを学んできました。社会の諸問題に向き合ってきたノンフィクションの技術は、聞き出す力も含めて、生きる武器そのものとも言えます。自分とは異なる他者と深いコミュニケーションをとるスキルや、あるテーマを社会に広く説得力をもって伝わるものにするための構成力・表現力は、複雑な現代社会を生きていくうえで心強い味方になってくれると思います。

 本書がみなさんのお役に立てれば、これほど嬉しいことはありません。

本を書く技術 取材・構成・表現

本を書く技術 取材・構成・表現

石井 光太

文藝春秋

2024年10月24日 発売