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 その瞬間だけ刹那的に生きるダー子を長澤まさみはハイテンションで生き生きと演じていた。ただ、演じ分けは難しいものとはいえ、映画やテレビドラマであれば、ヘアメイクや衣裳でキャラの違いを際立たせたうえで、別々に撮影すればなんとかなる。なんなら照明や映し方を変えればいい。それを『スオミ〜』の三谷幸喜は、ノンストップが信条の演劇人らしく、長澤の演じ分けに負荷を与えている。

 ある場面で、スオミがこれまで演じてきた様々なスオミを一気に見せるワンシーンがある。そのシーンこそが『スオミ〜』が『コンフィデンスマンJP』と違うところだ(ダー子はダー子で変身キャラの最高峰であるが)。

 ただただ一生懸命、誠実に何通りものキャラを演じる長澤まさみ。たぶん現場ではものすごく汗をかきかき演じていたと思う。5人の夫たちはこの場面のためだけに用意されたといっても過言ではないのではないか。三谷幸喜はきっと「俺の考えた、一生懸命が透けて見えるこの長澤まさみが一番、輝いている」と自負しているに違いない(あくまで想像です)。

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三谷幸喜 ©文藝春秋

観客の見守るなか…愛人に華麗に早変わり

 そんな舞台的な演出が成功した『スオミ〜』だが、長澤まさみはすでに舞台でも華麗なる早替えを演じていた。野田秀樹がドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を下敷きに、日本を舞台に置き換えて描いた『正三角関係』(2024年7月~11月)で長澤は2役を演じた。主役の三兄弟の末弟で聖職者の唐松在良と、長男の愛人で奔放なグルーシェニカという両極端な2役である。長澤まさみは2024年の夏、まるで違う役を演じ分けることに取り憑かれているのではないかと疑うほどの勢いで、映画と舞台それぞれで演じ分けを行っていたのである。

『正三角関係』には舞台ならではのマジック的な演出があり、観客の見守るなか在良は一瞬のうちにグルーシェニカへ華麗に早変わりする。ややおどおどしておとなしく、体の線を拾わない衣裳を着た在良と、白くて細長い手足をむき出して、のびのびと怖いものなしに振る舞うグルーシェニカはまったく別人である。10月31日〜11月2日までロンドン公演があるが、はたしてイギリスの人たちは長澤まさみをどう見るだろうか。

長澤まさみ ©時事通信社

 長澤まさみでコメディを描いた古沢良太と三谷幸喜に対して、野田秀樹は長澤に象徴的なものを託す。ダー子とスオミは欲望に突き動かされている人間だが、在良は様々な欲望が渦巻く世界下の禁欲的な聖職者で、グルーシェニカは人間の欲望を駆動する対象である。

 野田は以前、筒井康隆の『毟りあい』を下敷きにした『THE BEE』で長澤に、男性に暴力で屈服させられていく女性の役を与え、演じる長澤はその身体に男性の欲望の犠牲になる女性の哀しみを滲ませていた。野田は「人間の欲望を掻き立てる役を演じる長澤まさみこそ輝いている」と思っているに違いない(あくまで勝手な想像です)。