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2018/05/21

当局と記者との間にある「オモテとウラの関係性」

 力関係の視点で、福田元次官のセクハラを見直してみよう。

 自分自身の話から入って恐縮だが、私はかつて毎日新聞社会部記者で、1980年代から90年代にかけて警察取材に邁進していた。なので当局への取材における記者との力関係については、当時からかなり考えさせられた。

 当局と記者の間には、2種類の関係性がある。ひとつは、オープンな記者会見や記者クラブで見られるようなオモテの関係。これは新聞社やテレビ局と、当局という組織と組織の関係だ。しかしそのオモテの関係に隠れるように、もうひとつの関係がある。それは「夜回り」という取材における当局幹部と記者のウラの関係だ。このウラの関係は、あくまでも個人と個人のつながりに基づいている。

 オモテの関係では、マスコミと当局の力関係は対等だ。マスコミは「権力監視」という公益性を背負っているので、決して当局に対してへりくだったりはしない。時の政権に対する新聞の批判的な紙面をみれば、それは明らかだ。

 しかしウラの関係では、当局幹部と記者の力関係はまったく違う。実のところ記者の方がずっと弱い。記者の側は「幹部からネタ(もしくはネタのウラどり)が取れれば」という一心で当局幹部に近づく。しかし当局幹部から見ると、そもそも記者に機密を話す義務などもともとない。それでも記者を自宅に招き入れ、ときには酒やつまみまでふるまってくれることもあるのは、それなりのメリットを感じているからだ。

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たいていの記者は平身低頭しながらネタをもらう

 当局幹部にとって最も大きなメリットは、新聞やテレビに出る機密情報を自分の都合の良いようにコントロールできることである。新聞記者がどのような情報を持っていて、それをどのようにして、どのタイミングで紙面化しようとしているのかを把握し、それをうまく誘導する。時には、当局の中の人事権力闘争の道具のために記者を使うことだってある。

 もちろん、ただ弱いだけではなく、逆に力関係をひっくり返す優秀な記者もいる。たとえば当局の不祥事などを取引材料にして、時に脅しまで加えながらネタを取っていく。脅したりしてるのに、いつの間にか強固な関係を築いていたりする。それは先ほど紹介した鈴木涼美さんの記事にも書かれていた通りだ。でもそこまでコミュ強で辣腕なのは本当にごく一部で、たいていの記者はひたすら平身低頭しながらネタをもらっていくしかないのが実際だ。

 また、こういう力関係は長期的な当局取材の話だ。単発の取材には当てはまらない。たとえば女性記者がどこかのスタートアップの単発取材を命じられて、先方の経営者からセクハラまがいの言動を受けたとする。その場合には「やめてください。その言動を公表しますよ」と抗議し、場合によっては公にするなり告発するなりすればいい。ここでの関係には非対称な力関係もなければ、ウラもオモテもないからだ。