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『センスの哲学』は感情優位の社会に対する抵抗の実践を説く
千葉は以前、自身の小説の要素を「「脱葛藤化する」ことにすべてがある」と発言していて、これはきわめて示唆的です。つまり、ものごとを意味的に目的的に、もっと言えばゴシップ的に捉えるのではなく、フォルマリズム的にそっけなく見ること。ここに「脱葛藤化」のヒントがあり、ファッショな感情優位の社会に対する抵抗になる。そのことを描いたのが千葉の小説であり、さらにそれを読者が実践できるように示したのが本書ということになるでしょう。「傷」に表象されるような葛藤をまずは手放すことを、千葉の仕事は僕たちに教えてくれるのです。
このように、あらゆるものごとを別のしかたで見ることは、読者にとってアテンション・エコノミーに抵抗する「生活改善運動」であるとともに、事務的な手続きの風通しをよくするビジネス改善運動でもあり、さらに「非戦」を唱える以上の波及的効果が期待できる平和運動でもありえるはずです。
最後に、本書では「センスがある」ことと「センスが無自覚」であることが反転し、「アンチセンス」という視点が提示されます。この「アンチセンス」とは、その人特有の「どうしようもなさ」、つまり生成AIには真似できない個性が表れる部分であり、芸術と生活をつなぐ鍵ともなるものです。僕たちは、その「アンチセンス」を通して、自己目的的な「センス」を見つけ出せるかもしれません。それは、例えば、誰かのピアノの一音にその人自身を感じ、無意味な中に深い意味を見出す瞬間に似ています。