石井は深夜にトボトボ歩いて帰ることになった。これが一つのターニングポイントになった。それ以後、デートの約束をしても、〈会議が入った〉〈明日は会えない〉などと言われ、何だかんだと言って断られるのだ。いつも週末は1時間以内にメールの返信が来ていたのに、それもなくなった。石井は「またデリヘルを始めたのではないか?」と疑った。
石井は夏美さんが最初に勤めていた店の店長と今も連絡を取り合っていることを知っていた。その店のホームページに〈新人ユリちゃん入店〉と紹介されているのを見て、「これは夏美ではないか」と直感した。
夏美さんに〈新人ユリは夏美だよね〉と尋ねてもシラを切る。こうなったら現場を押さえてやろうと、石井は“ユリ”を指名した。
果たしてホテルにやって来たのは夏美さんだった。
「お前、やっぱりユリだったんじゃないか!」
石井は夏美さんが書いた「融資契約書」を突き付け、「約束を破ったんだから、金を返せ!」と迫った。
夏美さんが逃げようとしたので、腕を引っ張り、スマホを取り上げた。夏美さんは「分かった、返すから…」と言いつつ、石井が油断した瞬間、「キャーッ、助けてー!」と言って逃げ出した。
「おい、ちょっと待て…」
その後、店から「通報した」という電話がかかってきた。石井は誤解を解こうと、夏美さんのスマホを持って警察を訪ねたところ、その場で暴行容疑で逮捕されてしまった。
結局、10日間も勾留され、罰金刑を食らった。釈放されるときに「もう二度と被害者には近付きません」という上申書も書かされた。
会社を解雇され、人生はめちゃくちゃに
その間に会社も解雇された。石井は就職活動を開始したが、うまくいかなかった。生活費にも事欠くようになり、夏美さんに貸した金のうち、60万円だけはどうしても返してほしくなり、行政書士に頼んで返済を求める内容証明郵便を送った。
だが、夏美さんの代理人弁護士から〈金を借りた覚えはないし、逆に損害賠償を請求する〉という答弁書が届いただけだった。
「こんなことになったのはみんな夏美のせいだ。もうあんな女は殺してしまったほうがいいんじゃないか」
石井は密かに「殺人」「起訴」「遺体処理」といったキーワードで検索するようになった。