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 逆に言うと、6作目まであまり動かない時間の中にいたものが、久実と一ノ瀬の関係という、はっきりと進行していくものを描き始めたので、時間を進めるしかなくなった、ということもあるんですよね。

――『時間の虹』はお草さんによる語りと、一ノ瀬による語り、2つの目線から物語が進行しますね。

吉永 一ノ瀬の目線というのは、第10作の『薔薇色に染まる頃』でも実験的に試したことがありました。一ノ瀬は結構気に入っているキャラクターで、お草、久実、と関係者がそれぞれの道を歩むにあたって、誰か客観的に見てくれる人が欲しいなと思ったときに、やっぱり一ノ瀬だろうと。

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 お草は還暦を過ぎてから古い雑貨屋を改築して新しいお店を始めた、どこか「普通のおばあさん」とは違う人。一ノ瀬も、弟を山で亡くした経験がありながらも、山に登らずにはいられない、やっぱり普通の成人男性とは違う人。お互いに属性としては遠いところにいながらも、理解しあえる余地がある二人だと思ったんです。

――普段あまり描かれることがなかった一ノ瀬の意外ともいえる内面を垣間見ることができました。意外と情に厚いというか、仲間思いなんですよね。

吉永 彼はぱっと見ただけでは分かりづらい性格をしていますよね。人付き合いも苦手そうに見えて、でもなぜか人に囲まれている。

 でも山男ってそうじゃないかと思うんです。山を登っていると、みんな自分との闘いでありながらも、周りの人を助けたり、地元の消防や警察とも連携して動いたりすることだってあるし、そもそも山小屋なんて密集状態なわけで、人との関わりがけっこう多いんです。上から石を落としちゃダメだ、道は登る人が優先だとか、いろいろなルールがあって、他人のことを考えてコミュニケーションをとるのが前提になっている。

 そうした距離感での人との関わり方って、お草に共通しているんじゃないかと思うんですよ。自分から積極的に人に絡んでいくわけではないけど、求められたら手を差し伸べる。平和なときは隅っこのほうでみんなのことを眺めているけど、ひとたび問題が起きると、一番みんなが嫌がるようなところに手を突っ込んでいってしまうというか……。

『萩を揺らす雨』