芸能界における「常識」が急速に変わりつつある昨今。時代の変化を見据えた太田光代氏は、事務所初の「コンプラ研修」を行った。その一部始終に迫る。 (聞き手・構成 石戸 諭・ノンフィクションライター)
「タレントの方がよく巻き込まれるトラブルは次の3つです。『喧嘩トラブル』『男女関係のトラブル』『交通事故トラブル』。具体的な例を挙げましょう。考えにくいケースですが、お酒を飲んで酩酊し、その後、乗車拒否をされたと思ってタクシーを蹴ってしまい、運転手と喧嘩トラブルになるという……」
講師役の弁護士がそう語ると、研修会の会場から笑いが漏れました。周囲の芸人たちに指を差されながら、ウエストランドのボケである河本(太)は恥ずかしそうに顔を伏せています。弁護士が話を続けます。
「仮にここで運転手に怪我をさせてしまったらどうなるでしょうか? この法的責任から考えていきましょう」
2024年6月24日、新宿御苑にほど近い「タイタンの学校」に爆笑問題やウエストランドにキュウといった多くの所属タレントと社員が集まっていました。
「タイタンの学校」は2018年に創立された弊社の養成所ですが、芸人たちがこんなに集まることは滅多にありません。社長である私も含め総勢100人もの関係者が集まり、社内研修を行うことになっていたのです。当日、仕事などで来れなかったタレントや社員にも後日、講習のVTR映像を必ず見てもらうようにしました。
その名も「タイタン危機管理講習会」。
講師はうちのタレントであり顧問弁護士も務めてもらっている橋下徹さん、そして彼の法律事務所で働く弁護士たちにお願いしました。
なぜこんなコンプライアンス研修をしなくてはならなかったかと言えば、ここ数年で芸能界における「常識」が急速に変化しているからです。私たちがタイタンを設立した1990年代の感覚はもう通用しません。「かつてなら許されたこと」が今ではタレント生命を終わらせる致命傷になり得る時代なのです。
事務所初の「コンプラ研修」
うちのタレントたちには最新の法律知識を身につけ、自分たちの身を守ってほしい。そんな願いから、初めてこのコンプライアンス研修の企画をしたのでした。所属する芸人たちに時代の変化を学んでもらおうと思っていたのです。
〈1993年に太田光代氏がタイタンを立ち上げて三十余年。昨年末、『週刊文春』に掲載された松本人志からの性的行為を告発した記事をきっかけに、松本は活動を休止。また故ジャニー喜多川氏の性加害問題を受け、ジャニーズ事務所は解体され、多くの所属タレントが独立することになった。こうした芸能界の大きな変化に適応するため光代氏はどう動き、次のビジョンをどう描いているのか。最終回となる今回は今まで秘してきたキャリアの引き際を語る。〉
「タイタン危機管理講習会」が開かれたのは、ウエストランド・河本の“泥酔トラブル”から間もない時期でしたが(詳しくは本連載第6回をお読みください)、私はそれよりずっと前からこのコンプライアンス研修の計画を立てていました。理由の一つは、タイタンは会社の大きさに比してトラブルに巻き込まれることが他事務所より多かったことです。
爆笑問題のネタは時事を扱うためか、たびたび世間で波紋を呼んでいましたし、橋下さんは突如として大阪府知事になると言って業界関係者にご迷惑をかけたりしました。以前所属していた、「間違いないッ!」でブレイクした長井秀和がフィリピンで美人局に引っかかったり……。