ミュージカルは、舞台だと歌と踊りのパワーが直に観客に伝わるので「登場人物が突然歌い出す」というそもそもの違和感を飛び越えやすいのですが、映画になると客観視する距離が生まれてしまう。観客が現実に戻りやすいという問題をどう飛び越えたかというと、『シカゴ』はすべてが夢の世界だという設定にしたんです。登場人物たちが思い描くなりたい自分や、願望の融合がシームレスで、見ている側が自然と夢の中に入っていける作りが新しかった。天才振付師ボブ・フォッシーの、オリジナリティ溢れるダンススタイルも含めて、ミュージカル好きなら語らずにはいられない作品です。
『ムーラン・ルージュ』も、ミュージカルに対して固定観念や苦手意識がある世代に向けて、彼らが知っているポップソングスで紡ぐという手法でハードルを下げました。時代設定は1899年、ボヘミアンの世界観ですが、あえて現代のポップソングスを取り入れることで、昔の話でも今の感情で観ることができます。マリリン・モンローの『Diamonds Are A Girlʼs Best Friend』やマドンナの『Material Girl』、ビヨンセの『Single Ladies』といった現代のヒット曲のフレーズをニコール・キッドマンが歌う。一方で、物語は身分の違う2人が引かれ合っていくという「ロミオとジュリエット」的な古典的ラブストーリー。それをモダンな楽曲と融合させていく、いわば“ニュークラシック”ですね。
「ジュークボックス・ミュージカル」の秀作
クリント・イーストウッド監督の『ジャージー・ボーイズ』(14年)は「ジュークボックス・ミュージカル」の秀作。書き下ろしではなく既存の楽曲を使ったミュージカルで、比較的新しいジャンルです。実在の音楽グループ、ザ・フォー・シーズンズの物語を、彼らの楽曲を使って描いています。『Can’t Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)』は彼らの大ヒット曲ですが、フランキー・ヴァリほかメンバーの人生に起きたことや心情と、その時に発表した曲が響き合う。街角で歌っていたストリート・ミュージシャンがどうやってスーパースターになっていくのか。耳慣れた往年の人気曲に乗せて展開する実話を基にしたストーリーには引き込まれるはず。これぞジュークボックス・ミュージカルの醍醐味で、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた『ボヘミアン・ラプソディ』(18年)なんかも同じスタイルですね。
◆本記事の全文は、「文藝春秋」2024年12月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(宮澤エマ「ミュージカル映画 歌って笑って泣ける新古典」)。
全文では、宮澤さんが『レ・ミゼラブル』(2012年)、『ラスト5イヤーズ』(2014年)などの作品について語っています。
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2024年11月9日 発売
1100円(税込)