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 2022年の初頭、ツイッターの買収を密かに計画していたマスク。

 ポリコレやウォークに席巻されたツイッターが、右派の不平や不満をおさえ過ぎている、言論の自由が多ければ多いほど民主主義にとっていい、と考えていた。

 トランプのことはあい変わらず嫌いだったが、元大統領がツイッターから永久追放されるのは違うと考えた。ツイッターの検閲制度はおかしいと、テック系リバタリアンの友だちにも後押しされた。

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 ちなみに、マスクがアンチ・ポリコレ、アンチ・ウォーク、反民主党的な価値観を加速させた理由のひとつに、愛する息子(現・娘)が、性転換手術を受け、急進的な社会主義に傾倒。大金持ちである父親のマスクを拒絶したことへの悲しみもあった。

自身の子供を抱きかかえるマスク ©時事通信社

恋人から「なにそれ? 4ちゃんででも拾ってきたの?」と言われ…

 この年のあいだ、マスクの政治態度は揺れ動く。

「私が支持するのは共和党の左半分と民主党の右半分だ!」

 とのツイートを行いつつも、実際には右傾化が深まり、周りに驚かれる。右翼系のミームや陰謀論をマスクから受け取った恋人のグライムスは、こう返したという。

「なにそれ? 4ちゃんででも拾ってきたの? 極右にそっくりな物言いになってるよ?」

 やがて周知の通り、マスクは陰謀論めいた発信を行うようになってゆく。

2018年、メットガラで。マスクとの間に3人の子を儲けたカナダ出身シンガーのグライムスは現在35歳。2人は破局と復縁を繰り返している ©AFP=時事

 そして今から思うと決定的とも言える一言が、同年4月にマスクの口から飛び出していた。

 ツイッター買収をまとめていた同年4月の金曜日、ロサンゼルスのウェスト・ハリウッドの屋上レストランで、マスクは息子4人と夕食をともにしていた。ツイッターをあまり使わない息子たちは、なぜ買収したのかとマスクに尋ねた。

「あらゆる人を歓迎する公共広場がデジタル世界にあって、みんなに信頼されているというのは大事なことだと私は思うんだ」

「そうじゃなきゃ、2024年のトランプ再選なんてまず無理だろ?」

 軽口を飛ばすマスク。子どもたちがぎょっとなったのに対して

「冗談だよ、冗談」

 と、笑ったそうだ。しかし、2024年となった現在、それは冗談ではなくなった。

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売