そうか。やはり今年も“本家”とは異なる結果となったか――。5月6日、東京・紀尾井町の文藝春秋で開かれた第5回「高校生直木賞」の選考会。直近1年間の直木賞候補作の中から、高校生らが議論の末に「自分たちの1冊」を選ぶ賞が、彩瀬まるさんの『くちなし』に授けられると決まった時、ふと胸に湧き上がってきたのは、喜びにも、誇らしさにも似た感慨だった。
高校生直木賞は過去4回のすべてで、直木賞を逃した作品から受賞作を選んできた。『くちなし』も直木賞には届かなかった作品だ。だからすばらしい、と言いたいのではない。彼らを誇らしく思ったのは、直木賞という大きな賞の結果に左右されることなく、あくまで自分たちが向き合うべきものと真摯に向き合っていたからだった。
今回参加したのは、過去最多となる25校の169人。この日は各校の代表25人が集まり、予選を勝ち抜いた5作(『くちなし』の他に門井慶喜さん『銀河鉄道の父』、佐藤正午さん『月の満ち欠け』、澤田瞳子さん『火定』、宮内悠介さん『あとは野となれ大和撫子』)を選考した。
もちろん皆、作品自体にも懸命に向き合っていた。どこが気に入ったのか、どこが嫌だったのか。何に胸を打たれ、何が不満だったのか。その上で彼らにはもう一つ、向き合うべきものがあった。自分たちが選んだ本を手に取るであろう、まだ見ぬ友。同じ高校生にどんな本を薦めればいいのかということだった。
例えば、宮澤賢治の父親が主人公の『銀河鉄道の父』での議論では、「高校生では、父親の愛情に共感できない」という意見が複数出た一方で、麻布高校(東京)の生徒が「父親という未知の領域を知り、想像を膨らませるのもいい」と反論。危機に瀕した中央アジアの小国を救うべく奮闘する少女らの姿を描く『あとは野となれ大和撫子』でも、「本を読み慣れていない高校生にも読みやすい」と推す声もあれば、「軽すぎて読み応えに欠ける」との厳しい意見も飛び出した。
熱い議論は3時間40分にも及び、その中で3度、受賞作を決めるための投票が行われた。最初の投票で脱落したのはなんと、いずれも直木賞受賞作の『月の満ち欠け』と『銀河鉄道の父』。残った3作での投票では、『くちなし』と『火定』が9票を獲得し、7票の『あとは野となれ大和撫子』が落選。決選投票で『くちなし』が14票を集め、見事受賞となった。
実は『くちなし』は幻想性が高く、一筋縄ではいかぬ愛がテーマとあって、推す生徒からも「好き嫌いがはっきり分かれる」という声が上がっていた。ではなぜ、受賞に至ったのか。
『くちなし』への“最終応援演説”をした、海陽中等教育学校(愛知)と磐田南高校(静岡)の生徒に共通した言葉から、その理由が推測できるように思う。こんな趣旨だった。
――途中で読むのをやめてしまうかもしれないが、高校時代はそれでもかまわない。本は一生モノで、一度買えばずっと持っている。だから、いろいろな経験を積んで大人になった時に、また読み返せばいい。
それは、自分の可能性とともに、本の力を信じることでもあったに違いない。その思いが、こちらの胸も熱くする。
むらたまさゆき/1967年神奈川県生まれ。92年、読売新聞社に入社。北海道支社、社会部などを経て2000年から文化部記者。