――高校生直木賞のご受賞、おめでとうございます。
この作品は、若い方に読んでいただきたいという思いが特に強かったのでとても嬉しいです。感性の柔軟な若い頃に、自分がいる場所ではない世界もあるということを伝えられるのはエンターテイメント小説ならではの魅力だと思います。私自身が中学生、高校生の頃の読書によって、視野が広がり、多様な価値観を得ることができました。
――一般的には知られていない、第二次世界大戦下のポーランドを舞台に選んだのはなぜでしょうか。
前作の『神の棘(とげ)』(新潮文庫)で同じ時代のドイツを舞台に、ナチス親衛隊や修道士たちの姿を描きました。それを読んだ担当編集者から、次の作品ではポーランドを描いてはどうか、と提案されたのです。でも、ポーランドはアウシュビッツやカティンの森、ワルシャワ蜂起など悲惨な出来事が多く、どうすれば日本人に向けたエンターテイメントに仕立てることができるか悩みました。しかし、アメリカでの同時多発テロやISの台頭などを経た世界は、激変していきます。この空気は第2次世界大戦前夜と同じだと感じました。国が無くなるとはどういうことか、行き過ぎた愛国心が暴走するとどうなるか、否応なく考えるようになり、先の大戦で被害を受けた国のことも書くべきではないかと思いました。
とはいえ、『また、桜の国で』は500ページ近い分厚さですし、「読み通せなかった」という高校生の気持ちも、とてもよく分かります。私も学生時代、感動した本を友達に薦めても読み通してもらったことがないんです。辻邦生の『背教者ユリアヌス』とか、ウィリアム・シャイラーの『第三帝国の興亡』全5巻などを、ポイントに付箋まで付けて友達に渡したのですが、その話題を喜んでくれたのは歴史の先生だけでした(笑)。
――主人公の外務書記生、棚倉慎(たなくらまこと)、父からスラヴ系の容姿を受け継ぎ、日本では疎外感を感じています。自らのアイデンティティへの葛藤に強く共感したという感想がありました。
私は少女小説というジャンルでデビューしたのですが、少女小説は登場人物への共感が肝です。でも、私自身は読書に共感性を求めていませんでした。学生時代に小説や歴史書を読んで面白いと感じていたのは、いつの時代も人間は変わらないという発見だったり、自分が思いもよらなかった視点を獲得したときだったのです。それだけに、執筆を始めたころは、「分かる人にだけ分かればいいという自己満足では、誰にも作品を読んでもらえないよ」と、編集者に叱られ、鍛えられました。今回は、ポーランドという心理的な距離が遠い国が舞台なので、若い方でもページを進めてもらえるように、主人公には普遍的な悩みを持った人物を据えました。
――一方、「戦時下で慎たちのような友情はありえるのだろうか」、「ポーランドに侵攻したナチス・ドイツの視点も書いてほしかった」という厳しい意見もありました。
そういった意見も嬉しいです。こういう状況下でこんな行動は可能なのだろうかとか、疑問を広げてほしいです。少女小説を書いていた頃から、様々な文化や価値観の衝突をテーマにしていて、作品が読者の考える入り口になってほしいと意識していました。歴史の事実や小説の背景は、自分で調べないと意味がないと思いますから。実は、連載当初の構想にはドイツ側の人物もいたのですが、さらに話が長くなってしまうので書けなかったのです。当時のドイツの様子については、ぜひ『神の棘』を読んでください。
ベルリンの壁崩壊がきっかけで決まった進路
――須賀さんの読書経験を教えてください。
小学校高学年の頃は吉川英治の『三国志』、中学に入ると、トーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』等を愛読していました。そして、衝撃を受けたのが『背教者ユリアヌス』です。古代ローマのユリアヌス帝について、世界史の授業だと「キリスト教を迫害した」と一行で終わりですよね。でも、当時のキリスト教の権力志向や排他性を知り、ユリアヌス帝の行動の理由が理解できました。キリスト教について全く違う見方を得ることができて、歴史の面白さに目覚め、そこから歴史小説や歴史書、哲学書を読むようになりました。
海外文学、特に私が読んでいたマンやヘッセなどは、登場人物たちが感情や苦しみを分析して真実を導こうとします。曖昧なまま、ということがあまりない。当時はその過程が快感でした。そして高校2年生のとき、ベルリンの壁が崩壊します。実はその日、興奮して学校を休んでしまったのです。私のドイツ好き、歴史好きは学校内で広まっていたようで、次の日、クラスの皆や先生から「昨日はずっとテレビ中継を見ていたんでしょ」と、すっかりお見通しでした。その頃は進路について、ふつうに大学に行き、就職、結婚、出産して、いずれ小説を書けたらいいなぐらいに考えていました。でも、ベルリンの壁が崩れたと同時に私の未来図も崩れてしまって(笑)。気持ちの昂ぶったままに、大学では史学科に進学し西洋近現代史を専攻しました。両親にはずいぶん心配されました。
日本の文学を読むようになったのは主に大学生になってからです。日本の小説は、私がそれまで読んできた海外文学とは異なり、繊細な描写で人間の業を描くことが多いですよね。でも、答えが得られなくても、ある経験の普遍性を理解することが救いにつながるときもある。最近改めてある作家さんの著作を読み直す機会があったのですが、表現の凄みに改めて惹きつけられました。
――最後に、高校生たちへメッセージをお願いします。
本には世界の全てがあると思います。自分の欲求や将来像が分からず模索していても、読んでいる内に答えが出てくる。本とは、そういうものだと思います。たくさん本を読んで、自分自身を見つけてほしいです。
すが しのぶ/1972年埼玉県生まれ。上智大学歴史学科卒業。94年「惑星童話」でコバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞しデビュー。2013年『芙蓉千里』でセンス・オブ・ジェンダー賞大賞。16年『革命前夜』で大藪春彦賞を受賞。17年『また、桜の国に』で156回直木賞候補。近著に『くれなゐの紐』、『エースナンバー』など。