――最初に小説を書こうと思ったのはいつでしょうか。
須賀 投稿する直前ですから大学の3年だったと思います。ちょうどゼミ発表を控えていて、その準備が嫌になってきて、何か勉強と関係ない文章を書きたくなったんです。それで突然SFのようなものを書いたんですよね。たまたま雑誌の『ニュートン』を読んで「ウラシマ効果」を知って面白く思って、そのアイデアだけで短篇を書いたんです。もしその頃自分がSF小説について詳しかったら、そんな無謀なことはしなかったと思う(笑)。一発書きでちょうどうまく100枚で収まったので、投稿してみたらそれが通ったんです。コバルト文庫は氷室冴子さんが好きで読んでいたこともありますし、出来上ったものもラブストーリーっぽいものだったので、応募するならここかなと思って。
――それがコバルトノベル大賞読者大賞受賞の「惑星童話」(『惑星童話』所収、1995年刊/コバルト文庫)ですね。SFの設定で、はじめての小説で、100枚でよく書けましたねえ。
須賀 でもその時にもうひとつ、同時投稿したものがあったんです。自分が好きな世紀末のウィーンの話で、自分としてはそちらのほうが出来がいいと思っていたんです。でもそれは二次予選で落ちて、一発書きのSFのほうが通ったので「え、どういうこと?」と思いました。今振り返るとすごくよく分かるんです。その歴史ものは思い入れがあり過ぎて、歴史のところをガーッと書いていてストーリーになっていない。一発書きのほうが、ネタひとつで書いているから、ヘタクソだけどストーリーがすごく分かりやすいんです。本当に偶然なんですけれど、起承転結もついていて。
――大学生の時に受賞も分かって、それでもう就職せずに作家でやっていこうと?
須賀 そうです。いきなりデビューが決まったのでストックもない状態なうえに、編集者に「次の作品のプロットを出して」と言われて「プロットって何ですか」と訊き返すレベルだったので。しかも少女小説はどんどん刊行していかないといけない恐ろしい世界ですから、ひたすら書くしかないですよね。ボツの嵐にもめげずに、ひたすら書いていました。はじめに多少売れたのが『キル・ゾーン』(1995年~/コバルト文庫)という、同名のゲームとは全然関係のない(笑)、なんちゃって近未来ミリタリーでした。私があまりにも下手なので担当さんが「こいつに王道の話を書かせても駄目だ、ちょっと変わったことをやって目立たせねば」と考えたらしく、「あなた、何か変わったもので好きなものないの?」と訊かれて「あ、軍隊が好きです」と言ったら「それだ!」って(笑)。私も喜んで「じゃあ中東戦争とか」と提案したら、もちろん怒られて、リアルな話を書くのはいろいろとまずいので「とりあえず近未来でいこう」ということになりました。
――これは人気シリーズになり、大長篇になりましたよね。軍隊も好きだったんですね。
須賀 昔から父が戦争映画と西部劇が好きで、私も小さい頃からずっと一緒に観ていたんです。小学生くらいで『眼下の敵』を観て大変萌えまして(笑)、そこからずっと戦争映画ばかり観ていたんですよね。だからのちにナチスに興味を持ったのは自然な流れといえばそうですよね。
――そうやって作品を発表しながら、少女小説の書き方を学んでいったわけですか。
須賀 そうです。少女小説のセオリーを叩きこまれていきました。大変勉強になりましたが、同時に、それゆえに後に一般文芸を書く時に苦労することにもなるわけですが。初期の頃に、ある作家さんに「もしいずれ一般でも書きたい題材があるなら、ここにはあまり長くいないほうがいい」と言われたんです。年に7、8冊とか出すためにひたすら少女小説のセオリーで書いていると、もう染みついちゃって抜けなくなっちゃうと。無意識にやってしまう癖がつくけれど、それは普通の小説と明確に違うものだから、そちらでも書くならほどほどに、というアドバイスでした。でも、私たちは別にそんなことを考えていなくて「なんで一般にいっちゃった人たちってライトノベルに帰ってこないんだろうね」って、のんきな話をしていたんです。「両方書けばいいのに」って。でも、その後自分が一般文芸を書いた時に、帰ってこない理由がよく分かりました。セオリーが違い過ぎて、一緒には書けないですね。もちろん、題材によると思いますが。
――では、のちのち一般文芸を書くようになるのは、少女小説とはまた違う小説が書きたくなったからですか。
須賀 そうですね。実は、コバルトにも『神の棘』や『芙蓉千里』(2009年刊/のち角川文庫)のプロットも出していたんですが、少女向けは近現代を舞台にした話はタブーでして。やっぱり女の子はリアルな歴史というとちょっと引いてしまうだろうという側面があるそうです。当時のコバルトのキャッチフレーズが「夢いっぱいの少女小説」みたいな言葉で、それにしては近現代の話はリアルすぎて夢がないということですかね。だから、少女小説家は歴史好きがたくさんいるんですが、みなさん、なんちゃってロココなどにして書いていました。決して歴史考証が面倒くさかったからではなく、許されないから「なんちゃって」にしてたケースも多かったようですね。