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次回作は第二次大戦のポーランドが舞台

――「流血女神伝」を書いていた頃に『芙蓉千里』の構想もあったというのは納得でした。

 

須賀 そうですね、『芙蓉千里』も少女小説寄りですし。「流血女神伝」では少女小説のセオリーをちょっと破ってみたいということよりも、神と人間や母と娘といったテーマ性が重要でした。『芙蓉千里』の世界は宗教などの要素が一切ないので、もっと純粋に女の一生を追えるかなと思いました。でもこのふたつの間に『神の棘』が入って、書き方を変えなければいけないと悩むことになって、その混乱が如実に出ているのが『芙蓉千里』。1巻、2巻、3巻と全部カラーが全然違いますよね。

――全然違うところがよかったんです! 夢中になって読みましたよ。明治40年、天涯孤独の少女が売れっ子女郎を目指して満州に渡って踊りの才能を開花させ、時代の変化に揉まれながらも舞姫として成長していく。でも第2巻の終わりで「えっ?」となって、第3巻でとんでもなくスケールアップした冒険が始まって、「ええーっ!」と興奮しました。

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須賀 いや、はじめは舞姫になる予定すらなく、いきなり3巻の展開になる予定だったんです。舞姫にしたり華族のイケメンを出したりしたのは、本能にしみついてしまった少女小説家必携のサービス精神というか(笑)。当時はやっぱり少女小説時代の読者さんが多かったので、主人公がイケメンと結ばれて舞姫として成功を収めることを望まれているのは痛いほど分かっていたし、むしろ少女小説と全く無縁になってしまった今だとそれでいいじゃんってすごく思うんですけど(笑)、当時は私の狙いとはかけ離れていて悩んだんですよね。わざわざ満洲を舞台にした意味なくなっちゃうし。それで担当さんと話して、ああいう展開になりました。以前のジャンルではタブーだった満洲が書けるので、やりたいことやるぞーとはりきりつつ、少女小説時代の読者さんにも楽しんでもらいたい気持ちも強くて、どうにか両立できないかとあがいた結果、なんだか各巻で違う話になりました。

――いやあ、逆にどう展開するのか分からなくて楽しめました。その後、『ゲームセットにはまだ早い』(2014年刊/幻冬舎)は社会人野球のメンバーたちの話です。一般文芸にシフトしてから野球の話を書けるようになったのかな、と思ったら、『雲は湧き、光あふれて』でコバルト時代から書いていたと知って驚きましたが(笑)。

ゲームセットにはまだ早い

須賀 しのぶ(著)

幻冬舎
2014年10月8日 発売

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雲は湧き、光あふれて (集英社オレンジ文庫)

須賀 しのぶ(著)

集英社
2015年7月17日 発売

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須賀 『ゲームセットにはまだ早い』は幻冬舎さんからお話をいただいたのがスランプ時期だったので、何を書いたらいいか分からなくて。ならばリハビリ的な意味をこめて、気楽に好きなことを書こうと思ってやらせてもらったんです。でも結局野球のシーンばかり書きたくて、連載中は登場人物たちがひたすら野球をやっていました(笑)。それで、単行本にする時にもうちょっと人間を書かんとなーということで、あのように直しました。

――『紺碧の果てを見よ』(2014年刊/新潮社)はいかがでしたか。関東大震災が起きた大正12年に始まり、海軍兵学校に入った兄とその妹、周囲の人々の姿を第二次大戦の終わりまで追っていく。

紺碧の果てを見よ

須賀 しのぶ(著)

新潮社
2014年12月18日 発売

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須賀 ほうっておくと私はドイツ圏ばかり書くので、「そっちはやめましょう。せっかくだから同じ時期の日本を」と依頼されたんです。お話をくださったのは男性編集者でしたが『芙蓉千里』を読んでくださっていて、女性主人公を考えていたようなんですけれど、ちょうど先ほど言った理由で大河の女性主人公は封印していたところでした。でも男主人公ばかり書いていると、それはそれでびっくりするほど心がすさんでくるので、強引に兄妹の話にしたんです。

――じゃあ、戦記や軍隊ものが好きだっただけに日本の海軍にも興味があった、というわけではないんですか。

須賀 昭和の青春もので兄妹ということが先に決まって、海軍になったのは偶然だったんです。兄に何をさせようかなと考えている時に、たまたま横須賀に行く用事があって、その時に三笠公園で三浦半島のパノラマを見たんですよね。そしたら、会津藩士のお墓があったんです。私は両親が会津出身であることもあって、なんでここに会津藩士が? と気になったんです。そうしたら、横須賀市と会津若松市は友好都市同士らしく、横須賀には明治時代に会津から移住してきた人がすごく多いらしいと分かって。その出来事から、会津出身の末裔で、海軍の話ということが決まっていきました。もともと船はすごく好きでしたし。

――いやあ、本当に宗教、ナチス、軍隊などと骨太なテーマを選ばれる方です。いつかワイマール帝国についても書きたいとおっしゃっていましたよね。

須賀 はい。一応、1920年代のウィーンが舞台の話を書くことになるかとは思います。担当さんに「そこに強引にベルリンを出してもいいですか」と訊いたら、なんかすごく優しい目で「いいですよ」って言われました(笑)。まあ、あの時代が書ければいいかなっていうのはありますね。まだ先の話です。

――それまでにはどんなご予定が。

須賀 今『小説宝石』で「くれなゐの紐」という大正時代の話を連載していて、それが来年には単行本になると思います。今年の後半、11月くらいから『小説NON』でポーランドが舞台の話を連載します。これもまた第二次大戦の頃の話です、すみません(笑)。でも主人公は日本人です。

 シベリア出兵の頃、ポーランド孤児がシベリアにいて、どこも引き取り手がなくて日本が受け入れたんですよね。日本で治療をして祖国に帰した。そこから始まる話になる予定です。

 この連載は、『神の棘』を出した時にいちばん最初に会いに来てくださった編集者さんが担当なんです。その方から「ポーランドを書いてほしい」と依頼されて戸惑ってしまって、「考えさせてください」と言っているうちに5年経ってしまいました。題材としては面白いのだけれども、それを現代日本で日本人の私が日本人向けにどうやって書けばエンタメになるのか分からなくて。でも『革命前夜』を書いたことによって、「なんか分かったかも」と思って話をしたら、瞬く間に連載が決まりました。今頑張ってプロットを作っているところです。

――楽しみです!