「初恋の人と結ばれない話を書きます」がきっかけの小説
――コバルト時代、いろんなシリーズを発表されていますが、そのなかでご自身にとって「これで自分は変わったな」と感じる作品はありますか。
須賀 ああ、『天翔けるバカ』(1999年刊/コバルト文庫)で空軍のパイロットたちの話を書いた時に、「私はやっぱり、歴史ものを書きたいんだな」と思いました。あれは完全にコメディとして書いていますが、第一次大戦の話なので、ファンタジー要素もないし、恋愛要素もなかった。その時に痛感したのは、出てくるのが男ばかりなのでラクだということ。今でも女性主人公を書くと少女小説の本能が出てきて、何か胸キュン要素をいれなければいけないと考えてしまう。でも男性主人公だと、読者さんもそんなものを求めてこないので、本当に追いたい筋だけを追えるんですよね。それで、最近女性主人公のものをあまり書いていないんです。今の書き方をかためるまでは、本能を封印しようと(笑)。
――でも、女性主人公の名作も書かれています。コバルト時代の代表作のひとつ、『帝国の娘』から始まる「流血女神伝」のシリーズ(1999年~/コバルト文庫、『帝国の娘』のみ角川文庫版あり)は一人の女性の冒険が描かれる冒険大河ロマンとして力強い作品でしたよね。大国ルトヴィアの山奥に暮らす少女カリエが、容姿が似ているからと病に伏せるアルゼウス皇子の影武者になるために誘拐され、王宮に連れていかれて教育を受ける。その後、文化も宗教も異なる国家に向かったりして、国家や信仰というテーマを盛り込みながら波瀾万丈の人生が描かれていく。
須賀 もともと、少女小説を書かせてもらえるなら、あれを書きたいという気持ちがありました。でも最初の段階でプロットを出した時、一見王道ファンタジーなので「まだまだ下手なあなたがこんな王道を書いて、誰が読むと思う?」と当時の担当さんに言われて「そうですね」と引き下がり、ある程度結果が出たら書かせてもらおうと思ったんです。『キル・ゾーン』でそこそこ結果が出て、自分でもある程度セオリーが分かってきた頃に「書けます。絶対に面白くしますから」と大見得を切って始めたんです。
――どういう部分を書きたかったのですか。
須賀 『神の棘』と同じテーマになりますが、結局、人間と神なんですね。神の概念がどうやって培われていったのか、どうやって変容していったのかというのは、そのまま人間の歴史になると思います。神を受容するとか拒絶するといった、人間社会のありようにすごく興味がありました。プラス、異文化同士の衝突と受容の話も書きたかったし、やはり少女小説として、母と娘というテーマも入れたいと思いました。私のなかでは「流血女神伝」シリーズも『神の棘』も、ほぼ同時にできた話で、テーマは同じ。表と裏です。対応するキャラクターも一緒なぐらいで。
――キャラクターが対応?
須賀 背負うテーマが同じキャラクター、と表現したほうがわかりやすいかも。『神の棘』で修道士となったマティアスは、「流血女神伝」の主人公のカリエという女の子です。アルベルトは「流血女神伝」の読者のみなさんに蛇蝎のごとく嫌われているサルベーンという聖職者。アルベルトは女性に人気があるので、そう言うと大体嫌がられるんですけれど(笑)。カリエは神や運命なんか知るかって感じの女の子で修道士のマティアスとは一見違いますし、サルベーンは神を求めすぎる人なのでやはりアルベルトとは正反対なんですけれど、どちらも本質は同じ。たとえばアルベルトは真摯に信仰を考えるあまりに無神論になってしまった人。根っこは同じでもボタンのかけかた一つで全く違う顔、違う人生ができあがる。人間てそんな感じかなと。
――へええ、なるほど! ところで「流血女神伝」を書く時に、編集者の方に「初恋の人と結ばれない話を書きます」と言ったそうですね。
須賀 そうです。大河だからこそ、主人公が初恋の人と結ばれずに、全員父親が違う子供を何人か産むことになると宣言して、担当さんにドン引きされました。今自分で言ってても引きますが(笑)。「そこはちゃんとうまく書いて、最終的には読者人気が一番高い人とくっつけるから大丈夫です」みたいなことを言ったんですけれど、あまり大丈夫ではありませんでした(笑)。でも、女性よりも男性からの文句が多かったのが意外でした。やっぱり処女信仰じゃないけれど、女の子の純潔が本命じゃない人に破られてしまうというのは、大河でも少女向けでは抵抗があるんだなと実感しました。
――でも、激動の世の中で女の人が成長していく時に、初恋の人をいつまでも思い続けるというのは違和感がありますよ。
須賀 そうですよね。それが密かに不満だったんです。もちろん初恋の思い出はあっていいんですけれど、ずっとその人を思い続けているって、逃げみたいな気もしたし、それで他の人が受け入れられないとなると無理があるというか。夢いっぱいにしても、大河だとちょっと現実感がなさすぎるかな、と。
――その後、一般文芸へとシフトしていきます。『スイート・ダイアリーズ』(2007年刊/角川書店)もありましたが、やはり『神の棘』が衝撃的でした。そして大河ロマンの『芙蓉千里』。
須賀 たまたま早川書房さんから声をかけていただいて『神の棘』のプロットを話したら「いいじゃないですか」となって、出すことが決まりました。『芙蓉千里』は確か、当時の角川書店さんから電子雑誌の『小説屋sari-sari』の創刊の時に声をかけていただいて、「旅と冒険」というコンセプトが明確だったので提案したらOKをもらいました。