1ページ目から読む
2/4ページ目

 中でも奥野氏が注目したのは、周辺症状の緩和との関係だ。認知症には、脳細胞が壊れることで起こる中核症状(物忘れなど)と中核症状によって二次的に起こる周辺症状(徘徊、弄便(ろうべん)、暴言など)がある。

 特に印象に残ったのは、その症状の実態を当事者が綴った手記だった。81歳の女性、婦佐さん(仮名)の手記にはこう書かれていた。

〈物忘れがひどく、自分ながらこれからどうなるかと心配でたまらない様な毎日が続いていました。(中略)私はもうこれで何も出来なくなるのかと悲しく、夜になると涙が流れて困ってしまいました〉

ADVERTISEMENT

 手記には、認知症になったことの不安や孤独感が刻まれていた。

奥野氏

施設から自宅に帰ると「帰らせていただきます」

 彼女は息子夫婦、孫と同居していたが、施設から自宅に帰ると「帰らせていただきます」と置き手紙を残して、毎日のように徘徊を繰り返していた。徘徊は介護をする家族を最も悩ませる周辺症状のひとつだ。

「婦佐さんは、認知症を発症してから同じことを何度も言うようになりました。『おばあちゃん、さっきも言ったでしょ』と言われて、だんだん家族が険しい表情を見せるようになった。家族から会話の中に入れてもらえなくなった婦佐さんは、表情もだんだんとキツくなり、置き手紙を残して家を出ては徘徊するようになってしまったのです」(奥野氏)

周辺症状の緩和のきっかけ

 ところが、彼女の周辺症状は些細なきっかけで改善した。

「ケア施設のスタッフがプログラムの中で『今日は源平合戦の日です』と言ったところ、婦佐さんがいきなり小学校の唱歌『那須与一』を歌い始めたそうです。スタッフも家族もその歌を知らなかったのですが、元気な婦佐さんの姿を見て喜んだ。家でも孫に『おばあちゃん、歌って』とせがまれて歌うようになり、婦佐さんと家族の会話が増えると『帰る』と言わなくなったというのです。認知症の人を家族の中で孤立させないことは、周辺症状の緩和に役立つという好例だと思います」(同前)