「長生きすれば認知症になるのは、自然なことです。認知症患者の人格も心も失われることはありません」

『認知症は病気ではない』(小社刊)の中でそう語るのは、東大名誉教授で、東京都健康長寿医療センター初代理事長である松下正明医師だ。同著を記したジャーナリストの奥野修司氏が見た認知症患者の知られざる“内面”とは――。

 

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「アルツハイマー型認知症は、病気ではありません」

 認知症の発症者は、2025年に730万人にのぼると推計されている。

 認知症の約6割を占めるのがアルツハイマー型認知症で、年齢を重ねるごとに有病者は増えてゆく。

 後期高齢者となる75歳〜79歳の有病率は13.6%。それが、85歳を超えると41.4%、95歳以上は79.5%と飛躍的に上昇する。

「松下医師は、亡くなった高齢者の解剖をしていた際に、『病変がない正常な老人にも、アルツハイマー型認知症に特有のアミロイドβやタウたんぱくの蓄積があった』ことを確認しました。つまり健常者と認知症患者は、量的な差こそあれ、質の面では同じものが溜まっていたことを“発見”したのです」(奥野氏)

 その事実から、松下医師は奥野氏にこう断言した。「アルツハイマー型認知症は、病気ではありません。むしろ老化現象の表れなのです。私の病院に診療に来られた方でも、物忘れがあって多少生活に支障がある程度なら、『当たり前だから気にする必要はない』と伝えています。認知症を疑っていらっしゃる高齢者のうち20%くらいは、この正常加齢の範囲内なのです」

松下医師

当事者の手記に書かれていたのは…

 奥野氏は、多くの認知症患者にも取材を重ねた。特に印象に残るのが、島根県出雲市にある「エスポアール出雲クリニック」院長で、精神科医の高橋幸男氏が運営する重度認知症デイケア施設「()(やま)のおうち」を訪ねた際のことだ。

「施設では、認知症の方が自筆で手記を書いていて衝撃を受けました。認知症というと、有吉佐和子さんの『恍惚の人』で描かれたように、人格が壊れ、物事を判別できなくなっている人ばかりだと思いこんでいたからです。判読が難しい手記もありましたが、丁寧に字を書こうという意図や、何より本人の思いが伝わってきました」(奥野氏)