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2018/05/25

質問に答えるたびに、眉根にグッと力を入れる

 会見を見ていると、井上コーチは内田氏に逆らえないような印象を受ける。内田氏の発言を聞きながら、その表情を次々に変える井上コーチに比べ、彼の話を聞く内田氏の顔はどこか他人事、無表情なのだ。そんな二人を見比べていると、「社会的嘘」という言葉を思い出した。これは他者の利益になるための嘘という意味だ。もし井上コーチが内田氏のために社会的嘘をついているのだとしたら、二人の関係性には何か特別なものがあるのだろうか。

 質問に答えるたびに、眉根にグッと力を入れ、眉間に深いシワを見せた井上コーチは、宮川選手を成長させるため色々な表現を使ったと述べながらも、問題の核心となる「ケガ」という言葉については、「指示していない」と答えた。ところが時間とともに、その答えが「(ケガという)言葉を使っていない」から「ケガという言葉を使ったか覚えていない」へと変わっていく。記者たちはこれに「嘘をついている」と噛みついたが、記憶の錯覚ということも考えられる。

 人は自分が記憶していると思うものと、実際に記憶しているものとが食い違いやすい。これは起きたことに対して自分なりの解釈が混じるからである。つまり時間とともに頭の中で、起きたことでなく、起きた可能性があることに記憶が塗り替えられてしまうのだ。特に前後に類似の状況や場面があれば、その記憶と重なりあって記憶の歪みや錯覚が生じやすくなる。記憶している人が誤りに気がつかないこともあるのだ。といって、嘘をついているのか、単に記憶が間違いなのかを判別することは難しい。だからこそ、詳細な調査が必要になる。

「これで終わり」と会見を打ち切ろうとした司会者

終了時にどう終わったかということで判断しやすい

 さてこの会見、日大広報の司会者がさらにひどかったのは言うまでもない。元記者で論説委員長まで務めた人物だというが、危機管理は素人で、記者たちを若造に見たのだろう。発言の途中で言葉を被せ、何度も会見を打ち切ろうとし、挙句にブチ切れた。会見内容にいら立っていたところに、この対応だ。誰の目にも会見は最悪だったと印象づけられたはずだ。

 人は、その経験を最良か最悪にかかわらずピーク時と終了時にどう終わったかということで判断しやすい。これを行動経済学者カーネマンは「ピーク・エンドの法則」と名付けている。最悪の会見が、終わり方の印象でさらに最悪になったのは言うまでもない。

「責任者」である学長の会見も行われたが、内田氏に「対応について指示したことはない」と語るなど、ガバナンスの欠如が際立った ©文藝春秋

 ついに日大学長までが緊急会見を開くに到ったこの問題。最終的な結末はどうなるのだろうか?

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