芝居の上手い下手よりも大事なこと
《時は経ち、大人になってひとり暮らしをはじめた頃に学校時代の同級生に会ったら、彼はスーツで会社に行っているのに、自分は撮影がない時期だったこともあり、浮き足立ってたんですよね。そのときにふと、日常をきちんと送ることこそが自分と社会を繋ぎ留めてくれ、それがあって初めて役者という仕事ができる、ということが理解できた。母が言っていたのは、こういうことだったんだな、と。以来、ちゃんと着替えるとか、部屋を汚くしないとか、シンクに食器を溜めないとか(笑)、小さなところから地盤を作り、それが今日に繋がっている気がします。芝居の上手い下手よりも、生活者であることのほうが、役者には大事なんだと思います》(『anan』2024年3月20日号)
コロナ禍で自粛生活を余儀なくされたときには、初めのうちこそパジャマを着たまま動画を見るだけで1日が終わっていたが、受け身で楽しむだけでは限界があると気づくと、家族の食事をつくる暮らしに仕切り直したという(『ESSE』2021年9月号)。
けっして失わない映画への情熱
それでも、映画への情熱はけっして失わなかった。2023年には本格的な監督作品となる短編映画集『ippo』を公開し、さらに長編映画を撮る夢を追い続けている。結婚6年目に子供が生まれてからは観る本数はさすがに減ったというが、現在でも映画はDVDや配信などではなく映画館で観るよう心がけているようだ。それというのも、昔、父から勧められてエリック・ロメール監督の『緑の光線』をビデオで観たもののいまひとつピンと来なかったのが、しばらくして名画座で同監督の特集上映があったときに改めて観たところ、同作が圧倒的に面白くて、「映画は映画館で観るものなんだ」と痛感したからだという(『ピクトアップ』2022年6月号)。
6年前のインタビューでは、「たくさんの映画を見るという経験は、俳優業にも大きくつながってくるわけですよね」と訊かれ、《それはもちろん。魚屋さんが魚の目利きができなくてどうするんだって思うんです》と答えていた(『文學界』2018年9月号)。そういう職人気質なところはやはり父親譲りと思わせる。それにしても、『光る君へ』で大役を演じきった息子に、父・柄本明はどんな感想を抱いたのだろうか。気になるところである。

