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2018/06/09

きっかけは2011年の「森福の11球」だった!?

 当たり前だが、無死満塁で点が入ればチームは勝利に近づく。落合博満監督のもとで連覇を遂げた2011年は、チーム打率.228という史上空前の低打率だったが、11回の無死満塁のうち8回は点をもぎとっていた。少ないチャンスできっちり攻めきることができるから強かったのだ。この記事を書くにあたって、あらためてスコアを見返してみたのだが、平田、大島洋平、松井佑介らが満塁で凡退しているのを見ると、なんだか「変わらないね、フフッ」という気持ちになる。

 しかし、この年はとんでもない悲劇が待っていた。「森福の11球」という悲劇だ。……説明したくもないのだが、ドラゴンズが2勝、ソフトバンクが1勝で迎えた日本シリーズ第4戦、1点を追うドラゴンズは無死満塁のチャンスを迎えるが、小池正晃、平田、谷繁元信が続けて凡退して無得点。そのまま逃げ切られてしまった。ここでヒット1本出ていたら、3勝1敗で日本一に大きく前進していたはず……いや、森監督にならって、タラレバはやめておこう。だけど、ドラゴンズが無死満塁に苦手意識を持つようになったのは、これがきっかけだったんじゃないかと思う。

 このとき、落合監督は無死二、三塁で打席に向かった和田一浩に「頼むから四球だけはやめてくれ」「頼むから内野ゴロでいいから一点とってくれ」と思っていたと後から振り返っている。結局、和田は四球を選び、後続が倒れて無得点に終わった。大打者でもあった落合監督は、大舞台での無死満塁の怖さも知り抜いていたのだろう。

ドラゴンズの“満塁男”は誰だ?

 ドラゴンズにも満塁に強い選手がいなかったわけではない。初代ミスタードラゴンズ、西沢道夫が1950年に記録したシーズン5本の満塁本塁打のプロ野球記録は、いまだに破られていない……って68年前の話かよ! 1960年代のドラゴンズ打線を支えた主砲・江藤慎一の満塁本塁打12本は歴代9位。ご存知、立浪和義のサヨナラ満塁本塁打2本はプロ野球タイ記録だ。やっぱりチームを支える男は満塁に強い。

 では、満塁で打つにはどうすればいいのだろうか? プロ野球界を代表する“満塁男”、元巨人、横浜の駒田徳広は満塁で打つ秘訣について、「好機のときほど、まずは最悪のことを考える」と語っている。最悪の結果、たとえば三振にだけは気をつけて、最低限の仕事をしようと集中したことが最高の結果につながったというのだ。「自分で決めてやろう」と色気を出すのは、打席で迷いが生じるから絶対にダメ。相手投手を観察し、戦略を練りつつ、最悪の状態を頭に置き、開き直って打席に立つべきなのだという。

 今のドラゴンズなら、クラッチヒッターのアルモンテ、長距離砲のビシエド、福田、平田にも期待したいが、個人的には高橋周平にドラゴンズの“満塁男”になってほしい。ここ数年は無死満塁で凡退しまくっているが、2013年8月に甲子園で、2016年3月にナゴヤドームで放った2本の逆転満塁本塁打がどうしても忘れられない。藤井淳志も満塁に強いイメージがあるが(2015年は満塁で14打数7安打!)、すでにベテランだ。周平には満塁でガンガン打って、ヒーローインタビューで「やりました!」と連呼してもらいたい。駒田の言葉にならえば、そのためにやらなければいけないことはまだたくさんあるだろう。

 アルモンテなのか周平なのかはわからない。だけど、「無死満塁は大ピンチ」というドラゴンズの呪いをバットで打ち払う勇者が現れたとき、ドラゴンズは6年ぶりのAクラスにグッと近づくはずだ。

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