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アイシャとオリエ、ふたりの人生が交わるとき

 初めて香君宮を参詣する者は、広大な庭園の中、何度も枝分かれする参道を、自ら選ばなくてはならない。けれどアイシャは青香草の香りに導かれ、喜びを胸に、迷いなく真の道を辿った。――「あの道は本当に〈静かな道〉だった。いま思い返しても心に透明な光が広がる。それほどに美しく、静かな道だった」。……初代の香君が生み出したその道を、迷いなく辿れた者は、これまでひとりもいなかった。アイシャこそ、初代以来はじめて出現した、真の能力を持つ者だった。ひるがえって、もうひとりの主人公ともいうべき、当代の香君であるオリエの生き様に光があたる。アイシャとオリエ、〈神ではない〉不完全なふたりの香君の生が交わるところから、物語は求心力を増していく。

 

 オリエは人の域を超える嗅覚はないのに、「今回の香君を輩出する栄誉」を与えられた藩王国に生まれたことで、十三歳の時に転生者だと指名を受けた。少女はその日を境に人であることを捨てさせられた。活神としての振る舞いを強制され、国家の道具であることを百も承知で飾りものの香君を演じてきた。不安を心に押し込め、懸命な学習と研究によって責務を果たし、豊饒の象徴として微笑み続けた。彼女の背後には同じように十三歳で指名を受けて、死ぬまで香君宮から出られなかった歴代の女たちがいる。彼女たちが宿命を恨んで逃げ出すには、香君に寄せられる民の祈りはあまりに純粋すぎたのだろう。そうしてオリエもまた、民の祈りに応え、飢餓のない泰平をもたらしたいという「香君の心」により、初代の遺志を継いでいる。

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 対してアイシャは「香君の能力」を宿しながらも、心には迷いと疑念、そして哀しみを抱えていた。かつてアイシャの祖父はオアレ稲を「喜びと悲嘆の稲」と呼び、拒絶した。そのせいで民を飢餓に陥らせ、王位を追われた。自裁する祖父を残して、父は身重の妻と幼いアイシャを連れて流浪の身となり、民を救えなかったことを償いきれぬ罪として負っていた。辛い旅は、弟の出産と引き換えに母の命までも奪った。アイシャは「香君の能力」により、祖父がオアレ稲に抱いた恐怖心を深く理解している。けれど娘の立場からは、父の痛みも母への思慕も、故郷を捨てた寂しさも、決して忘れることは出来ない。どうしてこんなことになったのか、能力と心のはざまで引き裂かれながら、香りの声を聞き続けていた。