「『死にたい』とか、『逃げたい』という言葉は聞いたことがない」
小学校までは水泳や体操、空手などの習いごとも精力的に通い、中学校では美術部に所属した。好きなミュージシャンは米津玄師、高校生になってからはカバンにはライトノベルを入れ、自分でブックカバーをつけて読んでいたという。
「記憶をたどっても、今まで『死にたい』とか、『逃げたい』という言葉は聞いたことはないです」(父親)
タカヒトくんが「倫理・政経」の授業でだけカンニングペーパーを用意していたことも、両親は引っかかっているという。
タカヒトくんの死後、学校は「倫理・政経」の授業について同じクラスの生徒たちに授業についてのアンケートを遺族に了解を得ずに実施した。その中で「熱心でわかりやすい」とする声がある一方で、「意見を言っても否定されるため、意見や考えを出しにくい」「授業中に居眠りをした生徒を教室の後ろに立たせる」「口調にトゲや圧力を感じる」などの回答があったという。
後に調査報告書では、いくら居眠りをしていたとしても、生徒を立たせることは「体罰」に該当すると指摘されている。学校の校長や管理職は、そのアンケート調査までその実態を認識していなかったとまで指摘されている。
生徒指導がきっかけとなる児童生徒の自殺は「指導死」と言われている。暴力を伴わなくても、不適切指導によって児童生徒は自殺する可能性が、教員向けの基本書「生徒指導提要(改訂版)」でも指摘されている。父親は次のように主張する。
「学校のタカヒトへの指導にはいくつも落ち度があります。理由を告げずに妻を学校に呼び出し必要以上の焦燥感を持たせたこと、男性教員5人による指導面接で過剰に妻と息子に圧迫感と恐怖感を与えたこと、また『卑怯者』という言葉で息子の人格否定の感情を喚起したことです。その結果、タカヒトは救いのないほど落ち込んでいました。さらに、過剰な課題を課し、過度な拘束をしたことも疑問です」
タカヒトくんの死から4カ月後の22年3月に第三者調査委員会が設置され、11月に調査の報告書が発表された。それによると、「学校の指導内容に全く問題がなかったわけではない」と学校の落ち度を一定程度認めつつも、「倫理・政経」の担当教員の指導や副校長の話などが、生徒の自殺の原因だとの認定はできない、という結果だった。
自殺の理由については、「学校や家庭をはじめとする諸要因は絡み合って急性のうつ状態に陥り、今後の学校生活に絶望し自死に至ってしまった」としている。両親にとっては、「家庭の問題」に心あたりも無く、まして遺書にもそのような記載もなく、そもそも、委員から「家族の問題」について指摘や調査さえも受けていないとして、強い違和感をもち、激怒している。
現在両親は、学校がタカヒトくんを長時間拘束しての圧迫的な指導を行ったこと、反省文や大量の写経など大量の課題を与えたことなどが安全配慮義務に違反するとして、学校法人を相手に約1億円の損害賠償を求めている。なぜ、裁判という手段を使ったのか。
「学校の指導だけではなく、多数の問題を指摘しているのに『自死との因果関係がない』という結論を出した第三者委員会の調査結果も納得していません。私たちは委員会に対して倫理・政経の担当教員が息子に厳しいことを言ったり、同級生の前で恥をかかせたりしたのかといった本来実施すべきアンケートを調査開始段階からお願いしました。最終報告書の前に中間報告が出た時にも、再度アンケートを申し入れています。しかし『受験を迎える生徒と遺族に影響を与える』との理由で実施されず、真実が追求されていません。
また、委員長からは『(倫理・政経の教員の圧力をかけるような言動が発覚したとしても)本人は死んでいるんで分からないでしょ』との発言もありました。調査委員として言ってはいけないことだと考えています。それらを踏まえて、学校に再調査を求めましたが、真摯な対応がありませんでした。あまりにも酷い学校の対応を世に問うために、裁判で訴える決断をしました。カンニングはもちろん悪いことですが、タカヒトの人格を否定する過剰な指導、学校の管理体制に問題があったことは事実だと考えています」(同前)
