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髭男爵・山田ルイ53世が語る「僕を通り過ぎた一発屋たち」

山田ルイ53世×てれびのスキマ「一発屋芸人と日本テレビ」(前編)

『エンタの神様』の功罪とは

戸部田 五味さんの『エンタの神様』は、いわゆる“一発屋”をたくさん生んでいますね。

山田 そういう側面がやっぱりありますよね。

戸部田 今回の取材を通して一発屋芸人の方の『エンタ』話は、何か聞かれましたか。

山田 それは何ですか。芸人の怨嗟の声みたいなやつですか(笑)。当然、若手のときというのは出させてもうたら、ありがとうございますというだけの話。「いや、ちょっと戦略的に『エンタ』には出ません」なんて言う、売れていない若手はいないわけで、みんな当然出る。番組ごとに、スタイルというか、作り方みたいのもあって、悪く言えば、「おもちゃになぁれ!」という魔法をかけられるような(笑)、打ち合わせが続くことはあるんですよね。当然良し悪しというか、功罪はあると思うんです。僕のような一人の芸人が大きな番組の功罪を言うことでないんですけど。

 

 やっぱり徹底的な『エンタの神様』イズムみたいなのが、ひとりひとりのスタッフにまで染み渡っていて。これはもう番組に出る以上絶対やからというラインがある。たとえば一つのフレーズを取っても、「もっとわかりやすく」という。言い方は悪くなっちゃうんですけど、芸人サイドの、ワクワク感は削られます(笑)。でも、それがこの番組のスタイルやし、だからこそこれだけ支持されている。結果が出ているから、やっぱりみんな最終的には言うこと聞くんですよね。その後に一発屋になっちゃっても、それはまあ本人の責任(笑)。『一発屋芸人列伝』の中では、波田陽区くんの回で『エンタの神様』のことに触れさせていただいていて、後に、ちょっと悪い意味で「エンタ芸人」なんて言われる人の芸風の発端が波田くんだったと。それは聞いてみてびっくりしましたよね。

「お笑いの特許」問題を考える

戸部田 そうですよね。『一発屋芸人列伝』を読んで、どの芸人さんがどのお笑いの部分を“発明”したのかというのがすごくよくわかって。

山田 お笑いの特許って曖昧にされがちですからね(笑)。なんか、知らん間に知らん人のものになっていたりすることもあるじゃないですか。

 

戸部田 そうですね。この本にも出てくるムーディ勝山さんと天津・木村さんの「バスジャック事件」(※「ロケバスの運転免許を取る」という副業を巡る争い。詳細は『一発屋芸人列伝』を参考。)もまさにそうですからね(笑)。髭男爵として『エンタ』に出られたとき、五味さんとはお話されたんですか。

山田 五味さんは、直接お会いしたことあるのかな?ってくらい。『エンタの神様』に3回出させていただいているんですけど、基本、担当ディレクターの人と話すんですよ。でも『全部やれ。』に書かれていた五味さんが徹底的に毎分視聴率にこだわるという話は、その通りでした。3回出て、3回目でやっぱ落ちたんですよ。毎分視聴率が。それでそこから出演オファーがなくなったんです。

戸部田 シビアですねえ。