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「ああいう軽いものを書いていると文学賞には無縁だよ」

村山 渇望感みたいなものはずっとありましたよ。とくに「おいコー」シリーズは、レーベル面でも内容面でもライトノベル的なところがあり、新しい読者を開拓できた反面、業界の人の中には「ああいう軽いものを書いていると文学賞には無縁だよ」と、耳に入れてくる方もいたんです。

 1993年に新人賞をいただいたときから、本離れ、活字離れということが言われてまして、文学の世界に入りやすい扉があった方がいい、本を読み慣れてない方でも手にとってくれるような小説を書けたらいいと自分では思っていたので、デビュー当時は文学賞というものをさほど構えて意識していませんでした。けれど、何年か経つうちに、どんどん後輩たちがデビューしてくるじゃないですか。自分の席を後輩にとられるんじゃないかという恐怖もあるし、青春小説をいつまで書いていられるかという不安もある。後輩の中には賞の候補になったりする人も出てきますよね。自分としても、もう少し脱皮しないと生き残っていけないんじゃないかとか、別の評価を受けたいという気持ちがだんだんだんだんお腹の中で黒くうごめいてくるんです。要するに、もっと褒めて、もっと認めてってことなんですけれども(笑)。

 

――多くの読者がいても不安だということですか。

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村山 ありがたいことにサイン会をするとみなさん並んでくださって、すごく熱く感想を語ってくださるのね。「小説を読んだことなかったけど村山さんを入口に本が好きになりました」なんて言ってもらえるのはすごいご褒美だったし、勲章だったとも思うんです。けれど、個人のもの書きとして、自分の表現に対して、贅沢かもしれませんがもっと違う評価が欲しいと思うようになっていました。実際にそういうものを書こうとも努力したんです。けれど何を書いても賞には届かなくて……。

 正直に告白すると、何かの候補にしてくれたっていいんじゃないのって力を入れて書いた作品があったんですよ。けれど、思うようにならない。私に何が足りないんだろう、何が駄目なんだろう、誰か教えてよって気持ちは、天羽カインと同じです。自分自身に対して焦る気持ちと、周囲に対してじれる気持ちと、両方ありましたね。

――周囲に対して「なぜ?」と、問いを投げかけたことはあったんですか。

村山 それは私は言えなかったんです。賞を意識しているということさえ知られたくなかった。強い欲求があるけれども、周囲に気取られてはいけないものだと。だって物欲しげだし、いじましいと見られるでしょうし。あの人、身の程知らずだよね、全然届くはずがないのに……なんて思われたら絶対に嫌だし。自分に自信のあるのとないのとのせめぎ合いみたいな感情はとてもしんどかった。だから『プライズ』には、自分が口には出せなかった思いをカインに託して書いてるところが……そんなつもりがなくてもやっぱり出てきちゃってますね。性格的に私は口に出せなかったし、周りに悟られないよう最大限の努力をしたけれども、天羽カインなら言えちゃう。言える方が楽なのかどうかはいまでもわからないですけどね。

「自分の書いた小説をいちばん大事に思ってほしい」という感情は、もの書きなら誰でももっているはず。それを率直に口にできるのがカインさんなので、ある意味、爽快感を覚えながら読んでくださる読者もいらっしゃるんじゃないかな。私も最初のうちはなんてやつだと思いながら書いてたんですよ。でも、だんだん愛おしくなっていくというか、彼女に憧れていく。「もっとやれ! もっと言え!」って(笑)。

 自分自身の評価って揺れに揺れるんですよ。正当に評価してほしいと願ういっぽうで、私は自分に自信がなくて、本当は大した才能なんてなくって模倣がうまいだけの優等生だとも思っている。「褒めて、褒めて」って求めてしまうのは、自信のなさの裏返しでもあるのかなと。デビュー10年目に『星々の舟』で直木賞をいただいたときも、正直なことを言うと、文春で書いたから下駄を履かせてもらって候補になったのかなとか、思ったりしてましたもん(笑)。

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

村山 由佳

文藝春秋

2006年1月10日 発売

 今回『プライズ』執筆のためにいろんなところに取材をして、想像していた以上に賞の予備選考って厳正におこなわれてると知って、21年前の私の不安が少し晴れたというか、ちょっとホッとしたというか。もちろん、選んでくださった選考委員の方たちの目は信頼しているし、ありがたかったですけれども、自分の才能に対する疑心暗鬼みたいなものは、結局、賞をいただいても消えることはなかったですね。