1ページ目から読む
4/4ページ目

村山 一切エクスキューズなしに書こうと思ったからでしょうね。これはフィクションだから、みたいな言い訳をしたくない。もちろん実体験そのままを書いているわけではないけれど、自分の中にある感情と誠実に向き合い、それに言葉を与えていく。そういうぎりぎりの挑戦をしたいと。『ダブル・ファンタジー』のときもそうだったんですけれども、奈津も、天羽カインも、村山由佳と思って読んでくださって構いませんと言えるくらいの覚悟はあります。

つねに何かに挑戦する、冒険をする作家でいたい

――作家と編集者との関係性も『プライズ』の重要なテーマです。個性豊かな編集者が何人も登場しますが、中盤以降、緒沢千紘という女性編集者から目が離せなくなります。

村山 小説って、書く側だけがいても本にはなりませんよね。読者に届けるための媒介者として編集者がいる。書く人だけをクローズアップするんじゃなくて、これまでおつきあいしてきた編集者さんたちの集合体のような形で、緒沢千紘を描きました。

ADVERTISEMENT

――ふたりが軽井沢の天羽邸に泊まり込んで合宿のように1つの作品を作り上げていくシーンが印象的ですけれど、これも村山さんご自身の体験に根ざしているそうですね。

村山 はい。徹夜して、同じベッドで女性編集者と一緒に寝て、起きたらまた原稿を直して……と、まさに合宿をした経験があります。磨けば磨くほど原稿が確実に良くなっていくプロセスが見えることがもう嬉しくて。これだけのことをして本にしたならもう賞なんて関係ないという思いと、これだけ頑張ったんだから賞が欲しいという思いと、あのときは両方でしたね。結局その作品で直木賞をいただくことができたんですけれど。

――小説家の承認欲求とはまた別に、編集者としての自己承認欲求も小説から伝わってきます。仕事をする人間なら誰でも持ってる矜持、仕事を通して自分も認められたい、何者かでありたい、そういう気持ちが痛々しいほど精密に描かれていて、これは普遍的な感情だと思いました。

村山 編集者の資質とか、思い入れが深くなるほど危うさも生じるところなどは、多くのみなさんが感情移入してくださるんじゃないかな。作家と編集者の物語って一見、特殊な世界に思えるかもしれないですけど、あらゆる職業に通じていくお仕事小説でもあるというふうに思っています。

 デビューして31年たちましたけれど、これからも「終わった作家」とは思われたくないし、つねに何かに挑戦する、冒険をする作家でいたいと思っています。いまの自分にできるチャレンジをした結果、承認欲求という厄介なものに正面から挑んで『プライズ』ができあがりました。多くの方に楽しんでいただけたら嬉しいですね。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。93年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞・柴田錬三郎賞、21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ、『ミルク・アンド・ハニー』『ある愛の寓話』『Row&Row』『二人キリ』など著書多数。

PRIZE―プライズ―

PRIZE―プライズ―

村山 由佳

文藝春秋

2025年1月8日 発売