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「これは私にしかできない仕事だ」と生まれて初めて思えた

――直木賞を受賞してからむしろしんどい時期があったと、村山さんはインタビューや対談でおっしゃっていますね。

村山 直木賞をいただくと、もの書きとしてわかりやすい名刺ができて、仕事はしやすくなるんです。けれど、ここから私はどこへ行けばいいのかという方向性が見えなくなった。『星々の舟』がそれまでの青春小説とはだいぶ毛色の違う作品で、家族の構成員ひとりひとりを視点人物にして、それぞれが抱える事情や家族の歴史を綴っていく連作短編集だったんですね。だから、次に何を書こう、読者は何を求めてるんだろう、村山由佳ってどういう作家なんですかってことが私自身わからなくなってしまって。

 何年か経って『ダブル・ファンタジー』を書いて、これは自分でも新しい境地に行けた手応えがあったわけです。でも、大胆な性愛描写が評判になると、清純派女優がじつは脱いだらすごいんですみたいな話題性で売れただけでは? と不安になり、今度は性愛を描かないと評価されないんですか私は、みたいな迷路に入ってしまったんですね。何かが認められてもまだ足りない、また違った承認をしてほしいという気持ちが生まれてくる。官能だけ突き詰めていけばいいのか? いや、それは違うだろって。

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ダブル・ファンタジー 上 (文春文庫 む 13-3)

村山 由佳

文藝春秋

2011年9月2日 発売

 結局のところつまり、どれだけたくさん褒められても、次なる道を自分はどう行けばいいのかという迷いは常に生じるということなんでしょうね。その迷いを突き詰めていった先の新たな道でも自分を認めてほしい……。こうやって話していると、なんて褒められたがりの面倒くさい人間なのだろうと呆れるんですけど(笑)。褒められたい気持ちがその次のものを書かせてくれる原動力になってるのは間違いないので、承認欲求も悪いものじゃない。振り返れば結果オーライじゃない? って、いま、ようやく自分の中で折り合いがついてきたかなという感じなんです。

 こういう心境になれたのは、『風よ あらしよ』で伊藤野枝を書けたことが大きいですね。史実の隙間を想像で埋めていく作業が心地よくて、「これは私にしかできない仕事だ」と生まれて初めて思えた。それだけで充分、という気持ちだったんですが、この小説で幸運なことに吉川英治文学賞をいただくことができて、少し満たされたというか。我ながら現金だなと思うけれども(笑)、自分の中の承認欲求をちょっぴり肯定できるようになったかなって。

 

――世間に衝撃を与えた『ダブル・ファンタジー』は、当時の村山さんから見て少し下の世代の女性脚本家・奈津を主人公にして、自らの性的欲望と向き合う小説でした。今回の『プライズ』も、やはりいまの村山さんより少し若い、今度は脚本家ではなく小説家を主人公に据えて、自らの承認欲求と向き合う小説になりました。新たなテーマに挑戦されるたび、村山さんご自身と主人公との距離感がしだいに近くなってきているように感じられるのですが。