渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。

『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年)

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良くも悪くも「マドンナを演じるんだ!」という気負いはなかった

『男はつらいよ』に出たとき私は30代前半でした。実はそれまでに出演オファーを二度いただきながら実現せず、三度目の正直としてお引き受けしたのが『寅次郎物語』の隆子役でした。

 隆子は独身で、自ら軽自動車のハンドルを握って各地を転々とする化粧品のセールス・レディ。いわば女版・寅さんのようなキャラクターです。マドンナとしては異色ですが、私自身、政治に熱狂する上の世代を醒めた目で見て育ったいわゆる“シラケ世代”の人間ですから、彼女のふわふわした根無し草的な生き方に共感するところがありました。

秋吉久美子(あきよしくみこ)1954年、静岡県生まれ。72年に映画デビュー。96年、日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞(『深い河』)。映画『バージンブルース』『異人たちとの夏』など出演作多数。

 マドンナ像にかぎらず『寅次郎物語』は異色づくしの作品で、寅さんが急逝した旧友の息子を連れ、その子の生き別れの母親を探して旅するロードムービー風の映画に仕上がっています。ふたりが奈良県・吉野の旅館に逗留中、たまたま同じ宿に居合わせた女性というのが隆子の役どころ。ある晩、発熱した男の子の看病に隆子も協力することになり、根無し草である3人が疑似家族として夢のような楽しい一夜を過ごします。そのとき隆子は自分が求めていたのは家庭のぬくもりだと気づきますが、翌日には寅さんと別れて違う目的地へ向かっていく。一夜の夢が終わったことを悟り、自分の意志で日常へ戻っていくんです。私はそんな隆子を、アメリカン・ニューシネマのヒロインのような、リアルで新しい女性だと解釈したんですね。自分はその役割に徹すればいい。良くも悪くも「マドンナを演じるんだ!」という気負いはなかったように思います。

 とはいえ『男はつらいよ』のマドンナを演じるからには、山田洋次監督が築いてきた世界観を壊してはいけません。現場では、監督の演出はすべて飲み込もうと決めていました。監督の演出は、ものすごく細かいんですよ。場面ごとに隆子の心情を説明してくださるのはもちろんのこと、お酒を飲むシーンひとつにしても「この指とこの指でグラスを持つように」と指導が入ります。そんな一つひとつの演出に対して、私は「はい、わかりました」と言われたとおりにしました。