テキヤの世界を描いた『男はつらいよ』が女性ファンをも魅了した理由

 マドンナ像も時代の影響を受ける。天真爛漫で世間知らずのお嬢様から、次第に自立を志向するマドンナが登場するようになる。⑨⑬吉永小百合は第9作で結婚するが、第13作では夫と死別、伊豆大島にある子どもたちの支援施設へ働きに行くと決意する。まさに吉永小百合らしい自立の仕方であり、映画界における吉永小百合像がよく分かる。

 1986年には男女雇用機会均等法が施行され、テレビの世界ではトレンディドラマが働く女性像を更新していった。その影響は、『男はつらいよ』においても無縁ではなかった。㊵三田佳子は夫を亡くし、息子を母に預けて働く女医を演じている。仕事と子育ての両立に悩む三田に対して、院長のすまけいは「この病院はあなたを必要としている」「子どもと会いたければ呼び寄せればいい。悩み事があれば働きながら解決すればいい」と言い放つ。多くの人情喜劇において、母の子どもへの愛はすべてに優先される傾向があるが、それとは違う母親像を提示している。

 一方、浅丘ルリ子は、旅回りの歌手リリー役で最多の6回出演した。一度は結婚するが、離婚して再び旅回りをしている彼女に、寅さんが「女の幸せは男次第だっていうんじゃないのか」と言うと、リリーは「あたし今までに一度だってそんな風に考えたことないね」「それは男の思いあがりってもんだよ」と言い返す。昭和、平成と愛された理由、それは彼女が時代を先駆けた女性だったからではないか。良き家庭人である「さくら」と自立して生きる「リリー」、この2人の女性の存在があるからこそ、テキヤの世界を描いた『男はつらいよ』は、女性ファンをも魅了したのである。