渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。
「お兄ちゃん、つらいことがあったらいつでも帰っておいでね」。寅さんを気遣い、その帰りを待つ妹さくら。倍賞千恵子さんがいま、寅さんに思うこと――。
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さくらの感覚が入り混じった不思議なデジャヴ
『男はつらいよ』公開から55年も経ったのですね。当時私は28歳。渥美さんが41歳で若くて血気盛んなときでした。さくらを演じてきましたが、自分の出ている作品を観るのは苦手だったんです。渥美さんや三崎千恵子さんたちが逝去された後は、最後まで観ると何か区切りがついてしまうのが嫌で、観なかった時期もありました。でも、長い年月が過ぎたのですね、最近では不意にテレビで『男はつらいよ』に出くわしても、一視聴者として観ることができるようになりました。
先だって、宮崎県の油津へ旅行に行ったときのことです。油津に向かうバスの車内のテレビで流れていたのが第45作『寅次郎の青春』でした。寅さん一行の車が故障して、パーキングエリアに停まる場面に差し掛かったところで、バスが停まった。ふと見ると、劇中と同じ場所だったんです。寅さんが渡った橋を渡り、あの喫茶店にも立ち寄りました。ここがお兄ちゃんがいたところか――。さくらの感覚が入り混じった不思議なデジャヴを感じました。
私と渥美さんの共演を振り返ると、最初は井上和男監督の『水溜り』(1961年)でした。都心から離れた工場町に暮らす若い男女を描いた作中、私は川津祐介さんに恋される女工さんを演じましたが、まだ映画のお仕事を始めて間もない時期でしょう? 慣れないキャメラの前で無我夢中でしたから、実は渥美さんと共演していたことを忘れちゃってたんです。その後、彼と私がスリを演じた野村芳太郎監督『白昼堂々』(68年)で「ねえ、『水溜り』を覚えてる?」と訊かれて、ハッとしました。渥美さん扮する労務者に「ネエさん、三百円あげるからスカートまくりな」とひどいことを言われるシーンを思い出して(笑)。恥ずかしがる私を、監督やスタッフの皆さんがレフ板で隠して撮影してくださって。だから渥美さんとは、足掛け35年の共演歴になるんです。