第1作には長年愛された要素が詰まっていた

 第1作『男はつらいよ』。私のさくらも、渥美さんの寅次郎もこの一作限りだと思っていました。まだ若い寅次郎が、すごい勢いで駆け抜けた映画でしたからね。妹が勤める丸の内の職場へ押しかけたり、前田吟さん演じる博を叱ったり励ましたり、森川信さんのおいちゃんを交えての大喧嘩までやらかしたり、もう大忙し(笑)。現場で皆さんの演技が楽しくて、あれよあれよという間に撮影は終わっちゃったと感じていました。

 それが公開されるやスマッシュ・ヒットでまさかのシリーズ化が決定。渥美さんをはじめ私たち全員が予想外のことで驚きました。

 それからは盆暮れ正月、年2回の製作。しかも山田監督の『家族』(70年)、『故郷』(72年)や『幸福の黄色いハンカチ』(77年)などの作品にも参加してましたから、今月は長崎、そこから柴又へ帰って再来月は北海道、なんて生活が続きました。まるで旅に明け暮れる寅さんみたいでした。

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 あの当時は多忙すぎて気が付きませんでしたけど、すでに第1作には長年愛された要素が詰まっていたんですネ。敗戦直後の貧苦のなかを労りあった腹違いの兄と妹。遠慮なく感情をぶつけ合う叔父と叔母。テキ屋稼業の風来坊の気ままさと渡世の辛さ。そして人を愛し、人の幸せを願うこころ……。世の中は高度経済成長、豊かさへ邁進する傍らで、私たちが忘れていくものを、喜劇で包んで優しく描いたことが、スクリーンの向こうへ届いたんだと思います。この忘れられゆく人情や風景を描く姿勢は最終作まで続きました。

『男はつらいよ 寅次郎頑張れ!』(1977年、山田洋次監督)

 そして寅さんのキャラクターも鮮烈でした。渥美さんは旅の埃っぽさ、地面の匂いをまとい、啖呵売のキレや身のこなしが寅次郎そのもの。オッチョコチョイで恋した女性にはフラれるけれど、やっぱりカッコよくて観る人を惹きつける魅力がありますから。トレードマークのブルーのダボシャツ、キャメルの格子縞のジャケットに雪駄という出で立ちは、一見ダサいかもしれませんけど、渥美さんみたいに着こなすのは難しい。そうそう、この格好でイタリアのローマを闊歩した“寅さん”がいるんですよ。サッカー選手の三浦知良さん。大の寅さんファンだそうで、インスタグラムに写真が上がっています。トランクに腰掛ける佇まいは寅さんそっくり。着る人が着れば、寅次郎ルックはハイファッションなんです(笑)。