みんなに区切りをつけさせないのが、寅さんらしさ

 寅次郎という男性の魅力は、妹さくらの立場から言うと“立ち直りの早さ”と“人を愛することを忘れない”でしょう。惚れっぽくて、フラれても敢然とまた新たな恋に突き進む。寅さんはやがて老いを迎えても、愛を絶対に忘れなかった。

 そもそも旅暮らしを続けるのも体力がいるじゃないですか。さくらも若い頃はお兄ちゃんを心配して青森まで追いかけたりしていますが、親になり年を取り、だんだん柴又を動かないようになりましたもの。でも、お兄ちゃんはトランク一つぶら提げて年中日本を歩き回った。そして、あのトランクに詰まっていたのは、そう、“夢”だったんじゃないですかね。さくらの夢、博や満男、おいちゃんやおばちゃんの夢だったかもしれない。みんながどこかに置き忘れてしまう夢を、お兄ちゃんはずっと持っていてくれる。それが、この作品を観る人みんなの幸せだった気がします。

 お兄ちゃん、寅次郎の物語は渥美さんの急逝で途切れてしまいました。渥美さんに対する喪失感は大きかったですが、私はこれでよかったのかなと思えるようになりました。寅次郎の恋が実ったり、亡くなったりする結末は考えられない。みんなに区切りをつけさせないのが、寅さんらしさじゃないですか。――そうね、今回の旅は長いわね。カズさんと一緒にローマの町をほっつき歩いているかもね。どこかの旅の空の下、誰かと出逢ってるのが“お兄ちゃん”なんだと思います。