全50作、40人以上のマドンナから、時代と女性像の変遷を、演劇研究者の笹山敬輔さんが読みとる。

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多彩なジャンルから出演していた歴代マドンナたち

 いま『男はつらいよ』が続いていたら、マドンナ役は誰だろうか。石原さとみ、綾瀬はるか、広瀬すず……映画やドラマで活躍する映像出身の女優ではないか。

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『男はつらいよ』の歴代マドンナは、舞台出身者が多い。記念すべき第1作(以下、①と表記)は新派の光本幸子で、映画初出演だった。舞台のなかでも新劇はとくに多く、文学座から⑰太地喜和子や㉚田中裕子、俳優座から②佐藤オリエや④㊱栗原小巻、民藝から⑯樫山文枝や⑲真野響子、と「三大劇団」から万遍なく選ばれている。戦後にブームとなった新劇が、映画やテレビへの人材供給源として機能していたのである。

笹山敬輔(ささやまけいすけ)1979年、富山県生まれ。演劇研究者。著書に『興行師列伝 愛と裏切りの近代芸能史』『ドリフターズとその時代』『笑いの正解 東京喜劇と伊東四朗』など。

 歌劇団出身では、宝塚が③新珠三千代と⑩八千草薫の2人、大阪松竹歌劇団では⑱京マチ子。東京の松竹歌劇団(SKD)出身ではマドンナはいないが、さくら役の倍賞千恵子がいる。第21作で、おばちゃんがSKDのポスターを見ながら、「あんたも娘の時分に憧れてたねえ、SKDに。入ってたら今頃どうなってたかね」と言う。「さあねえ」と答えるさくらがおかしい。

 シリーズ後期は次第にテレビで活躍する女優が中心になる。㉜㊳㊶竹下景子は『クイズダービー』のレギュラー解答者として、㊷檀ふみは『連想ゲーム』の名解答者として人気だった。アイドルでは、17歳で出演した桜田淳子はさすがに寅さんの恋の相手にはならなかったが、キャンディーズ解散後の㉖伊藤蘭は25歳でマドンナを務めた。

 マドンナ役は、映画の大スターから大衆芸能まで多彩なジャンルから出演していた。旬な女優、売り出し中の女優が抜擢されたのだ。

 寅さんの恋は同じパターンを繰り返す。テキヤの寅さんが一目ぼれするマドンナは、決まって高嶺の花ばかり。見向きもされず、あえなく失恋。これが喜劇になった。ただ、渥美清=車寅次郎が国民的スターになるにつれて、寅さんは「いい人」になっていく。寅さんに惚れるマドンナすら現れ、観客もそれを不思議に思わなくなる。⑩八千草薫が「寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいい」と告白し、㉗㊻松坂慶子が第27作で「今夜ここに泊めて」と言って寅さんの膝枕で眠り、㉙いしだあゆみが寅さんの寝床にこっそり忍んでくる。時代が下るほど、寅さんは「男前」になっていくのである。