1月20日に就任式を迎えるトランプ次期大統領。その新政権で要職に就くのが実業家のイーロン・マスク氏だ。その思想や行動基準について、橘玲氏が分析した。
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反リベラルになった契機
周囲の者がみな反対したにもかかわらず経営不振に苦しむツイッターを買収したのは、「自由な言論空間を守る」という大義名分はあったものの、(本人も認めるように)さびしいからだろう。成功の実感、すなわち「自己実現」をもたらしてくれるのは数十兆円の富ではなく、社会的な評価(1億5000万人のフォロワー)なのだ。
マスクはもともと政治にさしたる関心がなく、民主党とオバマ大統領を支持していた。だがツイッターを始めるようになって、徐々に「ウォーク(Woke:目覚めた者)」への批判を強めていく。
ウォークは日本でいう「(社会問題に)意識高い系」のことで、人種問題やジェンダー問題などで「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ:政治的正しさ)」の旗を振りかざし、不適切な言動をした者を社会的に抹消(キャンセル)する「キャンセルカルチャー」を主導している(「SJW=社会正義の闘士」とも呼ばれる)。
ウォークたちは、経済格差こそがすべての社会問題の元凶で、マスクのようなビリオネアは、その富がたとえ正当な方法で(合法的に)得たものであっても、存在そのものが「不道徳」だとしている。これは全財産を失うリスクをとって(さらには「1日23時間」仕事に没頭して)誰もが不可能だとあざけった事業を成功に導いたマスクにとって、許しがたい侮辱だった。
マスクと最初の妻との子どもゼイヴィアはその後、女性にジェンダー移行して「ヴィヴィアン」と名乗り、父親を「資本主義者」と批判するようになった。マスクはこれを、「ウォークマインド・ウイルス」に感染したからだと考えているらしい。
決定的なのは、法学者から民主党の上院議員になったエリザベス・ウォーレンにツイッターで「税金を納めていない」と批判されたことで、これに猛反発したマスクはテスラ株のストックオプションを行使して110億ドル(当時の為替レートで約1兆2500億円)を納税し、「(IRS〈米内国歳入庁〉に立ち寄ったら)クッキーでももらえるような気がする」と皮肉った。
ツイッターやフェイスブックは中立な言論プラットフォームを装っているが、リベラル派の投稿を優先し、保守派(右派)の投稿を削除しているのではないかとずっと疑われてきた。ツイッターでウォーレンのような「左派(レフト)」から攻撃されたマスクが買収を決めたのは、この「不正」をただそうと考えたからでもある。