日本を震撼させた平成の凶悪事件。事件後に流れた歳月は犯人・遺族の心境にどのような変化をもたらすのか。ノンフィクションライター・小野一光氏が、平成6~12年の中洲スナックママ連続保険金殺人事件の「その後」を歩く。
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「ダンナば殺したスナックママの噂を聞かんね?」
いまでも20年前に見たその写真のことは、はっきりと記憶している。
自転車の前かごに白い上着とブランドバッグを入れた、灰色のノースリーブを着てベルボトムジーンズを穿いた色白の女性が、交差点で信号待ちをしている姿。40代後半の彼女の胸元には銀色のネックレスが光り、肩までの長さの髪は栗色。唇には赤い紅をさしており、実年齢よりも若く溌溂として見える。
数日後に逮捕される女が、そうとも知らずに、日課である行きつけのパチンコ店へと向かう光景だった。
女の名前は高橋裕子(受刑者)、当時48歳。
彼女は2004年7月22日に、福岡県警により恐喝容疑で逮捕された。ただし、それは“本件”ではない。その後も彼女に対する再逮捕は続き、結果として2件の恐喝と、本件である2件の殺人、そして殺人によって死亡保険金を騙し取った3件の詐欺と、1件の詐欺未遂で立件されたのである。
世間で「中洲スナックママ連続保険金殺人事件」と呼ばれたこの事件は、裕子が自身の2番目と3番目の夫を生命保険金目当てで殺害したというもの。ただし、それぞれの死亡時には、2番目の夫・Bさん(当時34)が自殺、3番目の夫・Cさん(同54)が病死であると判断されていたため、それらを覆すための証拠集めと、裕子本人による自供が求められていた。福岡県警担当記者が明かす。
「じつは03年秋から裕子への内偵は行われていました。捜査一課の捜査員が過去の変死事案を洗って(再調査して)いたところ、2人の夫が連続して死亡し、保険金を受け取っていた彼女が浮上したのです。04年の前半には中洲の歓楽街で『保険金目当てでダンナば殺したスナックママの噂を聞かんね?』と捜査員が聞いてまわっていました」
そのように福岡県警が裕子の内偵を進めていたところ、彼女がかつてママとして経営していた中洲のスナックで、自分と関係を持ったことのある客に対して、不倫関係を逆手に取って恐喝をしていたことが判明する。そこでまずはそれらの事件で、身柄を押さえることになったのである。