今年はじめ、ギャンブルにのめり込み、借金返済に困った三菱UFJ銀行の女性行員が貸金庫から10億円以上もの金品を窃盗していた事件が注目を集めた。実はこうした事件は珍しくなく、ギャンブルによる借金苦で強盗殺人にまで発展してしまうケースも。なぜギャンブルにのめり込む人ほど、罪を犯してしまうのか? 長年、精神科医としてギャンブル依存症患者とその苦しみに向き合ってきた帚木蓬生氏の新刊『ギャンブル脳』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

「ギャンブルと犯罪」の恐ろしい関係とは? 写真はイメージ ©getty

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ギャンブル脳による犯罪

 ギャンブル症に犯罪はつきもので、米国の研究では、ギャンブル症者の25パーセントから43パーセントが違法行為をしていると結論づけています。また同じく米国の調査では、一般受刑者の4分の1にギャンブル症があるとしています。日本でもこの手の調査を刑務所で行えば、類似の結果が出るはずです。

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 このように、ギャンブル症者が触法行為をする事実については、メディアで時折報道されるだけで、その全体像は長い間明らかにされませんでした。警察もその犯罪がギャンブルによるものであるかどうかは、きちんと発表せず、「遊興費に使った」ぐらいの発表にとどめがちです。メディアのほうも表面上の犯罪だけに目を向け、何ゆえの触法行為だったかは調べません。

 これが明らかになったのは、2021年に発表された『ギャンブル等の理由で起こった事件簿』です。発行したのは「公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会」です。会員の地道な努力の成果でしょう。ここでギャンブル等(等に傍点)と記されているのは、パチンコ・パチスロが国策でギャンブルではなく遊技とされているからです。等の中にパチンコとパチスロが隠匿されているのです。

 調査期間は1988年10月から2019年4月までです。この30年6ヵ月の間に699件が抽出されています。ひと月あたり1.8件の発生ですから、毎月2件はギャンブル症による犯罪が起こっている計算になります。

 そのうち、児童虐待・ネグレクト・児童被害は102件で、1割5分を占めています。実際は児童虐待は表面化せず、メディアでも報じられないので、もっと多いはずです。

 多いのは横領等企業犯罪で351件、およそ半分です。次が強盗・殺人等重大事件で、127件、18パーセントです。

 しかし本当はこの何倍も多いはずです。大阪の「ギャンブル依存症を生む公認ギャンブルをなくす会(事務局・井上善雄弁護士)」の調査によると、2023年1月には7件、2月には12件、3月には13件が判明しています。空恐ろしい頻度です。

 代表例を挙げると、2023年1月には、鹿児島相互信用金庫の元職員が1億円以上を詐取していますし、十八親和銀行員が35年にわたり、1300万円を着服して懲戒解雇になっています。

 2月には、某漁協職員が1900万円を着服し、他にも神社改修費1390万円を着服した男の裁判が報道されています。

 3月には、宮崎第一信用金庫の融資担当の職員が、顧客の金4300万円を着服横領しています。

 4月には、三重の消防職員が600万円を詐取して書類送検され、鹿児島相互信用金庫の元職員も顧客の定期預金3000万円を詐取して、懲役3年執行猶予5年の判決を受けています。そして、クボタ子会社の経理担当の元部長が1億6000万円を着服、逮捕されています。競馬にはまっていたといいます。

 5月には殺人事件で逮捕の報道もありました。犯人は30代の中学校教諭でしたから、世間もあっと驚きました。何と江戸川区で63歳の男性を強盗目的で殺害したのです。FXと競艇で600万円の借金があったといいます。わずか600万円の借金のために自分の人生を棒に振り、他人の命までも奪うのですから、ギャンブルによる借金がいかに脳の正常な判断を狂わしてしまうかの見本でしょう。

2025年1月、貸金庫から10億円を奪ったことで話題を読んだ三菱UFJ銀行の元行員・今村由香理(46) ©文藝春秋

 立件されないものを含めればギャンブル症者の犯罪はひと月に2件ではなく、2日に1件は起きているのではないでしょうか。

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