日本を震撼させた平成の凶悪事件。事件後に流れた歳月は犯人・遺族の心境にどのような変化をもたらすのか。ノンフィクションライター、小野一光氏が現場を歩く。今回は「平成6年~12年 中洲スナックママ連続保険金殺人事件篇」の第2回。当時、高橋裕子は2人目の夫を殺害したのち、3人目の夫とともに福岡市・中州にスナックを開店させるが…。

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2番目と3番目の夫を殺害、無期懲役囚として服役中

「まあ! もう今年で逮捕から20年になるんですか。あっという間ですねえ。あの、裕子さんはまだ刑務所にいるんですか? 元気にしているといいけど。あの人痩せていてあまり食べないから、健康のことが心配で……」

「中洲スナックママ連続保険金殺人事件」として知られる事件を起こし、2004年7月に逮捕された福岡県福岡市の高橋裕子(逮捕時48)。彼女は2番目と3番目の夫を保険金目当てで殺害するなどの罪で、現在は無期懲役囚として服役中である。

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高橋裕子(筆者提供)

 裕子は1994年10月に、2番目の夫であるBさん(死亡時34)を殺害して、保険金など約1億2000万円を手にしていた。彼女はこの事件の5カ月前である同年5月に、これまで水商売の経験がないにも関わらず、福岡市内にあるスナックで働くようになる。冒頭の発言は、今回、同店のママだった倉持真弓さん(仮名)に電話した際の反応だ。

 裕子がスナックで働き始めたのは、夫であるBさんが経営する「T建築工房」の経営が立ち行かなくなり、債権者からの借金返済を迫る連絡が相次いでいた時期のことである。ちなみにその2カ月後の7月に、裕子はBさんと偽装離婚をし、糟屋郡の自宅兼事務所を出て、3人の子供と福岡市早良区のマンションに引っ越した。つまり時系列に並べると、5月にスナックで働き始め、7月に離婚して引っ越し、10月に殺人に手を染めている。

2番目の夫殺害の1年後、自前の店を中洲にオープン

 裕子が働き始めたスナック「アーバン(仮名)」は、住宅地にある飲食店のみが入った雑居ビルの、2階にある小さな店。じつは真弓さんは、93年11月から94年3月までの期間、裕子がBさんや子供らと暮らす糟屋郡の自宅兼事務所で、家政婦の仕事をしていた。裕子は家で雇っていた女性が経営するスナックで、初めてホステスの経験をしたのだ。

 事件が発覚して以降、私は真弓さんに幾度も話を聞かせてもらった。彼女は裕子とのかかわりについて、次のように語っている。

「もともとは裕子さんの家が新聞で家政婦を募集していて、昼間は時間が空いているからっていうことで、応募したんです。当時はだいたい時給が600円から650円が相場だったのに、裕子さんのところは時給800円でした。仕事の内容はおもに洗濯、掃除、買い出しと夕食の準備です。あの家は1階がBさんの事務所と座敷で、2階がリビングと夫婦の寝室、3階が子供部屋で、掃除はリビングと子供部屋、トイレや風呂だけをやり、他はやらなくてもよいと言われていました」

 夕食を作っていた真弓さんは、買い出しの際、決められた場所に置かれた財布を持って行った。そのなかには1万円から2万円が入っており、「なくなったら言ってください」と裕子に言われていたと明かす。

「フリージア」の名刺(筆者提供)

「最初のうちはそれでうまくいってたんですけど、資金繰りが苦しくなったんでしょうね。(94年)2月末から3月前半になると、財布におカネの補給がなくなったんです。それで私が立て替えていたら、3月の終わり頃になって、裕子さんから『これ以上お給料を払えないから、辞めていただけないでしょうか』と言われ、仕事を辞めることになりました」

 裕子はこの時期、Bさんとの夫婦喧嘩が絶えなかったが、真弓さんの前でそうした姿は見せていない。また、Bさん殺害について裕子の“共犯者”として逮捕されたXさん(*一審は有罪だったが控訴審で無罪となり無罪が確定)は、大学院生だった93年5月から裕子の長男の家庭教師をやっており、子供部屋に出入りする姿も見かけたが、彼も同時期に解雇されている。このXさんについて、裕子は真弓さんに、「あの家庭教師、私にホの字なのよね」と、満更でもなさそうに語っていた。

※本記事の全文(約6000文字)は「文藝春秋PLUS」でお読みいただけます(小野一光「平成6年~12年 中洲スナックママ連続保険金殺人事件篇」)。
■「平成凶悪事件と『その後』」
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【平成15年】福岡一家4人殺人事件篇  犯人逮捕を喜ぶはずの遺族の周辺から「結末に納得がいかない」との声(全4回)
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