広大な中国では地域によって話す言葉が違う、と思われがちだが実態は……。大宅賞作家・安田峰俊の新著『民族がわかれば中国がわかる』より一部抜粋。日本人が知らない現代中国の方言事情を紹介する。(全2回の後編/前編を読む)

◆◆◆

中国語の方言

「中国語ができるって、北京語と上海語のどれを話せるの?」

ADVERTISEMENT

 日本ではときおり、年配の人からこうした質問を受けることがある。現代中国では標準中国語の普通話さえ話せれば、全国ほぼどこでもコミュニケーションが可能だが、いまなお世間の誤解は大きい。

 誤解の一因は、戦前・戦中期の日本の軍人や商人を悩ませた「方言」の記憶もあるのだろう。すなわち、標準語が普及するまで中国各地の庶民のあいだで日常的に話されていた口語のことである。

 日本語の関西弁や博多弁とは異なり、中国語の方言は中国人同士でも意思疎通がほぼ不可能なほど発音や表現の差異が大きい。たとえば北京語と広東語の話し言葉は、英語とドイツ語くらいの差があるとはよく言われる話だ。

©mapo/イメージマート

 中国の社会で方言が急速にすたれたのは、経済発展とマスメディアの普及が進んだ最近30年ほどである。それ以前は、特に福建省や広東省など華南地域の各省の場合、街ひとつ違うだけで言葉がまったく通じないこともあった(ただし、異なる方言でも書き言葉はほぼ同一である)。

 日本の中国語辞書では、中国の方言を官話・呉・湘・贛・閩・粵・客家の七大方言に分けていることが多い。

 このうち、官話方言は王朝時代の官僚言葉に由来する。現代の標準中国語と比較的近く、話される地域は中国の北部・西部の大部分を占める(北京の下町で話される官話方言の一種が、狭義の「北京語」である。日本でいう江戸弁に相当する)。