漢族の中で独自の言葉を話す「客家」

 他の方言も、上海語を含む呉方言、台湾語(閩南語)を含む閩方言、広東語を含む粤方言が比較的有名だ。特に広東語は香港で使われる言葉なので、1990年代の香港ブームの時代には、日本でも女性を中心に学習者がそれなりに多くいた。ほかに湘方言や贛方言も、それぞれ湖南省付近や江西省付近の言葉である。いっぽう、七大方言のなかで唯一、地名がついていない方言が客家方言(客家語、客家話)だ。「客家」は地方の名前ではなく、言語・文化・歴史などで他の漢族とは大きく異なる特徴を持つとされる、漢族の内部のグループである。

 客家系の人々は、福建省・江西省・広東省の省境の山岳地帯に多く住む。なかでも、一族数百人が集住する例もあった巨大な円形多層住宅(客家円楼)で知られる福建省龍岩市や多くの客家系華僑の故郷である広東省梅州市が、文化的な中心地だとみなされている。

©hoyano/イメージマート

 清代以降、他地域への移住が活発になったことで、台湾の新竹・苗栗・屏東などの各地や広東省の珠江一帯(広州や深圳など)、香港の新界、さらに広西族自治区や四川省にも客家の分布が見られる。海外移民も盛んで、客家は北米・南米や東南アジアなど各国の華人コミュニティで存在感がある。なかでもタイ南部のハートヤイ(ハジャイ)やマレーシアのボルネオ島にあるサバ州、南米のスリナムなどは客家系の華人住民が非常に多い地域だ。

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 客家の人口は中国本土に数千万人、台湾に約467万人、香港に約100万人、マカオに約10万人ほどいる。海外の華人社会を含めると、諸説あるが全世界で6000万~1億人程度である。

 ただし、客家は「民族」とはみなされていない。彼らはあくまでも漢民族の一部とされ、「方言集団」や「族群」(エスニック・グループ)などの呼称で定義されるのが普通だ。

 なにより、客家の多くが自分自身を正真正銘の漢民族であると考えている。彼らを別の「民族」として扱った場合、気分を害する当事者も多いだろう。

 なので、中国の少数民族を扱う本書で客家を取り上げるのは、厳密に言えば不適切だ。

 ただ、そもそも現代中国の民族区分それ自体が非常に粗雑であることは本書でここまで見てきた通りで、中国にはさらにさまざまなエスニック・グループが存在する。

 それらのなかでも、客家は現代中国における「漢族」と「少数民族」の線引きを考えるうえで非常に面白い存在であるうえ、世間で誤解されがちな人たちだ。そこで、あえて取り上げてみる次第である。

書籍カバーイラストは細居美恵子氏、中国四川省の美姑県に住む少数民族「イ族」の民族衣装姿の女性を描いてもらいました。
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